98歳の料理家、辰巳芳子さんの「いのちのスープ」を伝えたい。
家庭料理はその最たるもの、という辰巳イズムとは。
料理製作・対馬千賀子 撮影・青木和義 構成&文・越川典子
「このミモザ色のブラウス、弟子たちからのお誕生日プレゼントだったんですよ」と顔をほころばせる対馬千賀子さん。
内弟子として辰巳さんに学ぶこと17年。5年前に独立して、辰巳さん直伝のスープを伝える教室で講師をつとめている。
生を受けてから、いのちを全うする瞬間まで口にでき、その人を支えることができるーーこうした考えから名づけられたのが辰巳さんが考案した「いのちのスープ」。
「そこにあるのは、やさしさの受け渡しであることを、私たちはくりかえし、教えられてきました。忘れられないのは、ある朝、朝食を用意したときのことです。先生がおっしゃったんです。『何を食べたいのか、一度も私に聞かないのね』と」
対馬さんは、「(朝食は)あるもので作る」のが当然、と思いつつも翌日、こう聞いてみた。「先生、今朝は、何を召し上がりたいですか?」と。
辰巳さんは満面の笑みで答えた。
「そうね、何でもいいわよ!」
誰かのために作るスープが自分を助ける不思議。
「びっくりしました(笑)。でも、次第にわかってきました。食事を整えるとき、食べる人のことを考えずに作れるのか、という問いだったんです。
胃腸は疲れていないか。睡眠は足りているか。体調だけでなく、季節や湿度にも思いを巡らせることが家庭料理のベース。自分一人の食卓を仕立てるときも同じです。何を食べたいのか。なぜ食べたいのかを考えよ、と。先生の問いかけは、忘れられないものになりました」
食を整えるのは、単に栄養補充ではなく、自己実現が目的。したいことをするために、なりたい自分になるために、心身を食で支えなさい、という辰巳さんの教えでもある。
「スープなら10人分作りなさい、必要としている方に届けなさいとも教えられます。不思議なのは、こうしてスープを作ることで、自分の中に落ち着きを取り戻せるんです」
ポタージュ・ボン・ファム
誰もが好む、この上なくやさしい味わい。
ボン・ファムはフランス語で「よき婦人」。
今の時代、女性だけが作るのではなく、ポタージュ・ボン・マリ、「よき夫」という名前にしてもいいわね。誰もが、作れる人であってほしいから。(辰巳さん)
幼児から高齢者まで「おいしい」と喜ばれるスープがこれ。
誰もが抵抗なく飲めるんです。味を左右するのは野菜のもつ力。ぜひ、安全な野菜で作ってください。(対馬さん)
【材料(作りやすい分量)】
玉ねぎ 150g
じゃがいも 500g
人参 180g
セロリ 180g
オリーブ油 大さじ3
チキンブイヨン(または水) 6~8カップ
ローリエ 1枚
牛乳 1~2カップ
塩 小さじ2
白いんげん豆のガリシア風スープ
ボリュームたっぷりの食べるスープ。育ち盛りにも。
豆の良質な植物性タンパク質は、いのちを支えるのに都合がよいの。
各地方にある豆を大切に思い、甘い豆でなく、塩味で食べる習慣を。その練習にぴったりの洋風レシピです。(辰巳さん)
ヨーロッパの白いんげん豆に比べ、日本のものは皮が硬いので重曹を使ったほうが上手にできます。一度に炊いておき(下記プロセス3)、少しずつ使うのもおすすめです。(対馬さん)
【材料(作りやすい分量)】
白いんげん豆 2カップ(重曹小さじ1)
ベーコン(または塩豚) 150g
ソーセージ 適量
玉ねぎ 100g
人参 70g
セロリ 70g
クローブ 数本
ローリエ 2枚
オリーブ油 大さじ2~3
キャベツ 400g
チキンブイヨン 3/4カップ~
塩・こしょう 各適量
ピメントパウダー(またはパプリカパウダー) 少々
問合せ先
●辰巳芳子スープ教室 mail:soup.tatsumi@gmail.com オンライン教室 https://tatsumiyoshiko-soup.com/
●辰巳芳子の薦める味・茂仁香 https://monika.co.jp/
●ハッピークッキング("辰巳芳子先生の「いのちのスープ」を学ぶ") https://www.happycooking.jp/
『クロワッサン』1091号より