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天才・清水宏によるリアル路線バスの旅! │ 山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『有りがたうさん』1936年公開。松竹作品。DVDあり(販売元・松竹)
『有りがたうさん』1936年公開。松竹作品。DVDあり(販売元・松竹)

川端康成による、わずか5頁の掌編「有難う」を約76分にスケールアップしたのがこの『有りがたうさん』。1936年(昭和11年)に公開された清水宏監督作です。

伊豆の峠道を走る路線バス。バスは高価で、まだまだ歩く人の方が多く、牛や馬、大八車を引く人が道の真ん中をとおる時代。クラクションを鳴らして道端に避けてもらうたびに「ありがとう」と声をかける運転手(上原謙)は「有りがたうさん」と呼ばれ、人々に慕われていた。ある日、これから街へ売られに行く娘(築地まゆみ)が母親と乗り込んでくる。乗り合わせた客たちに不憫がられる娘を、有りがたうさんはだんだん気にかけはじめ……。

『伊豆の踊子』と同じ旧天城街道を舞台にしながら、乗り合いバスのワンシチュエーションもの、しかも全編オールロケのロードムービーというのが俄然、洒落てます。バスといっても運行表に追われる忙しさとは無縁で、乗り合わせた人全員で遠足に出かけているようなアットホームさ。世間話を弾ませたり、羊羹をお裾分けしたり、休憩がてら車を停めて外の空気を吸ったり。人と人との距離がうんと近く、時間がゆったり流れていた時代の、どこか寓話めいた雰囲気があります。

乗客の中でもとりわけ際立っているのが、31歳で夭折した戦前の銀幕スター桑野通子。黒襟のきものがあだっぽく、弓形の眉毛と濃い口紅が妖艶な美貌を引き立て、見るからに玄人の女がはまり役。タバコを優雅にふかし、スカした紳士をからかったりもする。あまりの蓮っ葉さに同乗のおじさんたちは気圧され気味……。しかしそんな彼女こそ、有りがたうさんの背中を押し、物語をハッピーエンドへと導くキューピッドなのです!

運転手目線のカメラワークは冴え、陽気な音楽も心楽しい。美しい景色と極上の長閑さが魅力のシンプルな物語を、清水宏はどこまでもシャープな、都会的なセンスで切り取っています。すべての瞬間が宝物のような、まさに珠玉の名編です。

やまうち・まりこ●作家。新刊『The Young Women’s Handbook〜女の子、どう生きる?〜』(光文社)が発売中。

『クロワッサン』1026号より

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