『伊豆の踊子』と同じ旧天城街道を舞台にしながら、乗り合いバスのワンシチュエーションもの、しかも全編オールロケのロードムービーというのが俄然、洒落てます。バスといっても運行表に追われる忙しさとは無縁で、乗り合わせた人全員で遠足に出かけているようなアットホームさ。世間話を弾ませたり、羊羹をお裾分けしたり、休憩がてら車を停めて外の空気を吸ったり。人と人との距離がうんと近く、時間がゆったり流れていた時代の、どこか寓話めいた雰囲気があります。
乗客の中でもとりわけ際立っているのが、31歳で夭折した戦前の銀幕スター桑野通子。黒襟のきものがあだっぽく、弓形の眉毛と濃い口紅が妖艶な美貌を引き立て、見るからに玄人の女がはまり役。タバコを優雅にふかし、スカした紳士をからかったりもする。あまりの蓮っ葉さに同乗のおじさんたちは気圧され気味……。しかしそんな彼女こそ、有りがたうさんの背中を押し、物語をハッピーエンドへと導くキューピッドなのです!
運転手目線のカメラワークは冴え、陽気な音楽も心楽しい。美しい景色と極上の長閑さが魅力のシンプルな物語を、清水宏はどこまでもシャープな、都会的なセンスで切り取っています。すべての瞬間が宝物のような、まさに珠玉の名編です。