滝本 日本の怖い話って、怖さと笑いが紙一重、というものもありますよね。
岩井 小泉八雲の「破られた約束」という短編がありますが、これも面白いです。病気で死んだ妻が、後妻を恨んで取り殺すんですが、この話について八雲は友人に「後妻はなにも悪いことしてないのに、ひどくないか? 再婚しないという約束を破った夫だけを殺すべきでは」と聞くが、友人の答えは「それは男の考えだ。女の考え方は違う」というオチがついてるんです。怖いけどくすっとしてしまいますよね。幽霊より、怖いのは女だ、と。
滝本 僕が読んだ最初の変な本といえば、江戸川乱歩の『人間椅子』。中学生でしたが、あれほどの奇妙な読後感はなかなかありません。思春期以前に読むと妄想が暴走します(笑)。サドとか、エロを高尚に解説する本も面白かった。翻訳ものって翻訳者が変わるとがらっと印象が変わったりするんですけどね。その人らしさを加味しつつけっこう自由に訳してたりして、それも面白いんです。こういう性的授業があったら面白いだろうなあと思ったりします。岩井さんは最初に性的なテーマを扱った本との出合いとして記憶に残ってる本はありますか?
岩井 中学の時に読んだ楳図かずおの『洗礼』という漫画です。今は引退した伝説の美人女優がいるんですが、彼女の顔にあざがひろがって、人前に出られなくなる。そんな彼女に主治医が言う。「女の子を産んで10歳になったらその子にあなたの脳を移植するんです。そうすればあなたは再び若く美しくなれる」と。とんでもないですよね(笑)。ネタバレですけど主治医は彼女の妄想の中の人物です。娘は実在するんですが、その娘がまた怖い。自分は母の脳を移植されてると思い込み、学校の先生を誘惑したりするんですけど、これが「楳図先生、女をわかっていらっしゃる!」という描写ですごい。10歳の女の子が酔っ払った先生のベッドにもぐりこむ。目が覚めた先生が自分はなにかしてしまったんじゃないかと狼狽するのを尻目に、この子が平然と言い放つセリフが「私は気にしないわ」というもので。その時はわかってなかったけど、今読むとびっくりですよ。小学生も読む漫画雑誌によくこんな漫画が載せられたなあと。今だったら大変ですよね。