『殺人鬼がもう一人』著者、若竹七海さんインタビュー。 「わるーい人を書きたいな、と思って」
撮影・黒川ひろみ
もとは崖だった丘陵地帯を宅地造成した、昔々のベッドタウン。都心まで満員電車で1時間という東京近郊で「限界集落にもゴーストタウンにも見える」のが、物語の舞台となる辛夷ヶ丘(こぶしがおか)だ。まだまだ畑や地元の旧家といったものが残る一帯には、統廃合の噂さえ上る“微妙な”警察署がある。人材の吹き溜まりとも揶揄され、飛ばされたら警察官人生も終わりと囁かれてすらいる……そんな中で起こる6つの事件。語り手も変わる連作全てに登場するのは、生活安全課のうら若き捜査員、砂井三琴。
「このキャラには、かなり私の願望が入ってて。まず背がすごく高い。さらにヒールが好きという。私はヒールがはけないけど、彼女は10cmヒールを平気ではいて、いつも上司のおっさんたちを頭上から見下ろしてる。で、陰でやりたい放題やって、これでまたヒールが買えるわ、みたいな人物で」
どうやって、新しくお高いハイヒールをゲットできたのかは、実際に読んで確認いただくとして。この、したたかな、もといしなやかな強さを持った三琴はじめ、署内外、辛夷ヶ丘の町内の人々はみな筋金入りのクセ者揃いだ。登場人物たちは物語の彩り、読みどころとなり、毒をはきまくる。それを、「やなやろうどもなんで。みんな勝手で残酷、自分のことしか考えてない。『半径5mくらいの中がハッピーならそれでいいや』みたいな感じなんですけど、それが書いてる間はすごい楽しいですよね」
と、若竹七海さんは笑う。
実際ここで起こる事件はほとんど、人間関係の距離が近く、家族や親戚といった家をめぐる事柄が発端や経緯に絡んでいる。だからこそ、事件そのものは残虐であったとしても、切なさや共感といった感情がふと呼び覚まされたり。
クセの強い住人たちとともに、 辛夷ヶ丘という世界を楽しむ。
たとえば、本書のタイトルとなっている「殺人鬼がもう一人」も、異色ではあっても、ある種まぎれもない“家族の物語”だ。
「タイトルだけ見ると、ハードボイルド風というか、ホラーっぽいじゃないですか。でもブラックコメディみたいな感じで書いたので『げっ、もうひとり殺人鬼がいたの!? えー!!』みたいな。そういうふうに読んでもらいたいな、と」
その思いが形になったのが、今回の装丁なのだという。タイトルから想起されるおどろおどろしさとは異なる、若竹さんらしい、ブラックでありながらもユーモアに包まれた、独特な世界観が表紙から自ずと伝わってくる。
「なんとなく『怖い話じゃないよね』というのがわかってもらえるかな、とうれしかったです」
とはいえ、驚愕の展開とその結末、十二分に怖いです! 怖いけれど、クセになる。6つの物語はどれも、にやりとする笑いも毒もたっぷり。辛夷ヶ丘という世界で起こる、謎に満ち満ちたおとぎ話のよう。読み始めたら後はひたすら、住人たちと一緒になって辛夷ヶ丘ワールドを楽しむしかない。
『クロワッサン』997号より
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