くらし

『空をゆく巨人』著者、川内有緒さんインタビュー。 「人生は切り開ける、そう思ってもらえたら」

  • 撮影・黒川ひろみ
福島県いわき市にある「完成しない美術館」。それは現代美術の巨匠と、いわき在住の1人の男性の30年の友情が作り上げたひとつの奇跡だった。 1,700円 集英社
川内有緒(かわうち・ありお)●1972年、東京都生まれ。米ジョージタウン大学大学院修了。 2004年よりパリの国連機関に勤務、のちノンフィクション作家となる。『バウルを探して』で第33回新田次郎文学賞、本作で第16回開高健ノンフィクション賞を受賞。(著者撮影・岩本慶三)

本書の冒頭、主人公の一人である志賀忠重さんが、出会ったばかりの著者に言う。

「一歩を踏み出したら、それが冒険なんでねえの?」

今も福島県いわき市に住む志賀さんと、中国生まれの現代美術の巨匠・蔡國強(ツァイ・グオチャン)さん。本書はこの二人の国境を超えた30年の友情の物語だ。

その始まりは1980年代の終わりに遡る。当時ほぼ無名だった蔡さんはふとした縁によって、会社経営をしていた志賀さんと出会い、その後、創作のためにいわきに移り住む。海の沖合に導火線を敷いて炎を走らせるといった大掛かりな〈作品〉の構想を描き、志賀さんはじめ、いわき在住のアートとは無縁の人たちがその具現化に手弁当で奔走する。やがて蔡さんは世界的なアーティストとして脚光を浴びるようになるが、志賀さん率いる〈いわきチーム〉との友情は変わらなかった。ニューヨークやワシントンD.‌C.の展覧会でも〈いわきチーム〉は芸術家とタッグを組んで制作に汗を流し、チームの存在は美術関係者の間で知られるものとなっていく。そして東北を未曽有の大震災が襲い……。

偶然に出会って絡み合い 今も続く二人の物語。

「2015年の秋、『いわき回廊美術館』取材のために、創立者の志賀さんに会いました。その時、彼の人間としての面白さに惹かれ、以降は取材目的ではなく、彼に話を聞くため何度も通うことに。志賀さんと蔡さん、彼らに関わった周りの人たちの話を聞くうち、これはまとめて書き残そうと思うようになりました」

中国といわき、二人の生い立ちと育ちが丁寧に紡がれ、2本の大木は国境を挟んでそれぞれ伸びて、やがて絡み合うようになる。志賀さんと蔡さんが共通して持っていたのは〈人生を選んで切り開く力〉。

「ときに他者からは非常識に見えるものであっても、それを持っている人は魅力があります。ほかの人が決めてくれたことをするのは簡単。でも自分が決めた道を突き進むのはしんどいですよね。けれども楽しい。そういうしんどさと楽しさを同時に追求している人を見ると、ああ素晴らしいな、って」

いっぽうで嘆息すべきは、のちに互いの人生にダイナミックに関わる二人の出会いが、ほんの一瞬のセレンディピティ(幸福な偶然)であることだ。本当にここから?と何度も読み返してしまう。
「それは、一目惚れみたいなものじゃないのかな、と思うんです。すれ違った瞬間にピッとくるみたいな。お互いに興味を持たなかったならすれ違うだけの二人が偶然響き合う、そういうことがあるのでしょう」

志賀さんは大震災の翌々年に、入場無料の野外美術館「いわき回廊美術館」をオープンした。蔡さんの作品も置かれ、さらに現在、美術館周辺の山に9万9000本の桜を植樹するという「いわき万本桜プロジェクト」も進行中だ。

今も彼らの物語は続いている。そのことに勇気をもらえる一冊だ。

『クロワッサン』996号より

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