神様に運命を任せること。│ 束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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神様に運命を任せること。│ 束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

「神様はどんな姿で現れるかわからない」という言葉。苦難に直面した時や、自分にとって難しい相手と対峙しなくてはいけない時、励ましの言葉として、今まで何度か耳にしてきた。目の前の喜ばしくない出来事は、もしかしたら神様が与えたもうたことなのかもしれない。そう思うことで、きっとこれを乗り越えた先にはいいことが待っていると自分を鼓舞する人が多いはず。私もその言葉をそのまま素直に受け止めていた。

しかし、私の妹は違った。

ある日、妹が不安そうな声で「自分が神様やったらどうしよー」と言い始めた。「神様はどんな姿で、、、」という言葉から「自分自身という姿で現れる可能性」を見つけてしまったのだ。これには驚くと同時に、妹と一緒にその可能性を考えてみた。そして一緒に恐怖に震える。そんな重荷、私たちには背負いきれません!

今まで、神様は万能な存在だと思い込んできた。しかし、「どんな姿で現れるか」という言葉には欠陥だらけの私たちのような存在に変身しているタイミングもあるかもしれない。そんな神様に私たちの運命を任せることはできない。自分たち各々がしっかりしないと!

どうか、私たちが神様でありませんように、と神様に手を合わせた。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』989号より

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