〈あたしは、潤ちゃんを見ると、なんか、どきどきしていた。〉――つとに知られた一人称の文体で、少女や青年、時に消火器や体重計までもが、やるせない思いに右往左往する。様々な立場の「好き」が題材の15篇のショートショート集。
『ゆっくり十(とお)まで』著者、新井素子さんインタビュー。「書く視線は主人公の気持ち。人間以外でも」
撮影・岩本慶三
「連載を始めるときに、『偏愛』というテーマで書くことにしていたんです。でも猫が好きな女の子みたいな普通の話はつまらないから……。最初は『温泉を好きな男の子』を好きな女の子の話で」
そのうち、主人公は人に限らなくてもいいかなと思うようになった。
「その日、最初に目に入ったものについて書こう、とか。昔からたくさん本を読んできたものですから、知識や雑学は頭の中に多くあるわけで。体重計なら体重計で頭の中に検索をかけて、私はこれについて何を覚えてるかなーって。消火器はうちに2個あるのでよく知ってる(笑)。それで、彼は何を考えているかな?と。消火器だから、『とにかくうちに火事がありませんように』って祈るのが良い消火器だと思うんですよね。でも彼の立場に立ったとき、それはどうなんだろう?と。この世に生まれて、何も為すことがないのが最良って?と」
消火器の代弁はさらに細やかに。
「『ああ小学校や中学校の消火器が羨ましい! だって奴らは年に1度の消火訓練で華々しく活躍してこの世を去っていく、なんて羨ましいんだ!』と」。こういう、何かの気持ちになるのがけっこう好き、と新井素子さん。
話の主人公の気持ちが 声になって聞こえてきます。
プライベートではスマホを持たずPCも最小限、自らテレビのスイッチを入れることもない。
「自分のペースで観られないから、テレビを観るのが得意ではないんです。作家には視覚型で、映画を撮るように書く人が多いんですが、私は聴覚型で耳で聞こえるタイプ。作品でも描写をほとんどしない」
だから新井作品は主人公が一人称で語るものが多いんですね?
「そう。頭の中がすごくうるさいんですよ。夕飯を作るにしても『昨日はカレーだったから今日はご飯ものではないほうがいいな』とか頭の中でずっと話している。うち、家の中でいろいろなものが喋るから。特にぬいぐるみがやたら喋る。だから、頭の中はいつもいっぱい」
’18年はデビュー41周年。話を聞いていると、その中に賢くて少しせっかちな少女の芯が見えるよう。一世を風靡したSF『星へ行く船』の主人公、19歳のあゆみちゃんのように。あゆみちゃんと似た話し方をされるんですね、新井さん。
「あ、私の文体は、実際の人間の話し言葉とは全然違います。私の文体はすごく考えて研究して作ったもの。話し言葉ってテープ起こしして聞いてみると、主語と述語が遠くて、述語が流れていってしまうんです。それを意識して、前に持ってきた文体」
文体の確立はいつ頃ですか?
「中学1年生です。それから、ずっと」
41年めの天才少女がそこにいた。
『クロワッサン』988号より
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