くらし

『ゆっくり十(とお)まで』著者、新井素子さんインタビュー。「書く視線は主人公の気持ち。人間以外でも」

前世が雪女の女の子、王妃、車、消火器まで。多様な主人公が抱える誰かへの想い。心を優しくゆすぶり、振り幅を広げてくれる短編集。キノブックス 1,400円

〈あたしは、潤ちゃんを見ると、なんか、どきどきしていた。〉――つとに知られた一人称の文体で、少女や青年、時に消火器や体重計までもが、やるせない思いに右往左往する。様々な立場の「好き」が題材の15篇のショートショート集。

あらい・もとこ●1960年、東京生まれ。’77年、高校在学中『あたしの中の……』が第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選し、デビュー。女性一人称の口語体で語る独特の文体で多くの傑作を世に送り出す。『グリーン・レクイエム』など著書多数。

撮影・岩本慶三

「連載を始めるときに、『偏愛』というテーマで書くことにしていたんです。でも猫が好きな女の子みたいな普通の話はつまらないから……。最初は『温泉を好きな男の子』を好きな女の子の話で」

そのうち、主人公は人に限らなくてもいいかなと思うようになった。

「その日、最初に目に入ったものについて書こう、とか。昔からたくさん本を読んできたものですから、知識や雑学は頭の中に多くあるわけで。体重計なら体重計で頭の中に検索をかけて、私はこれについて何を覚えてるかなーって。消火器はうちに2個あるのでよく知ってる(笑)。それで、彼は何を考えているかな?と。消火器だから、『とにかくうちに火事がありませんように』って祈るのが良い消火器だと思うんですよね。でも彼の立場に立ったとき、それはどうなんだろう?と。この世に生まれて、何も為すことがないのが最良って?と」

消火器の代弁はさらに細やかに。

「『ああ小学校や中学校の消火器が羨ましい! だって奴らは年に1度の消火訓練で華々しく活躍してこの世を去っていく、なんて羨ましいんだ!』と」。こういう、何かの気持ちになるのがけっこう好き、と新井素子さん。

話の主人公の気持ちが 声になって聞こえてきます。

プライベートではスマホを持たずPCも最小限、自らテレビのスイッチを入れることもない。

「自分のペースで観られないから、テレビを観るのが得意ではないんです。作家には視覚型で、映画を撮るように書く人が多いんですが、私は聴覚型で耳で聞こえるタイプ。作品でも描写をほとんどしない」

だから新井作品は主人公が一人称で語るものが多いんですね?

「そう。頭の中がすごくうるさいんですよ。夕飯を作るにしても『昨日はカレーだったから今日はご飯ものではないほうがいいな』とか頭の中でずっと話している。うち、家の中でいろいろなものが喋るから。特にぬいぐるみがやたら喋る。だから、頭の中はいつもいっぱい」

’18年はデビュー41周年。話を聞いていると、その中に賢くて少しせっかちな少女の芯が見えるよう。一世を風靡したSF『星へ行く船』の主人公、19歳のあゆみちゃんのように。あゆみちゃんと似た話し方をされるんですね、新井さん。

「あ、私の文体は、実際の人間の話し言葉とは全然違います。私の文体はすごく考えて研究して作ったもの。話し言葉ってテープ起こしして聞いてみると、主語と述語が遠くて、述語が流れていってしまうんです。それを意識して、前に持ってきた文体」

文体の確立はいつ頃ですか?

「中学1年生です。それから、ずっと」

41年めの天才少女がそこにいた。

『クロワッサン』988号より

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