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【紫原明子のお悩み相談】おじさんがどんどん苦手になってきました。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。あなたもお悩みを投稿してみませんか?

<お悩み>

紫原さんのお悩み相談、とても楽しみにしています。掲載されるかわかりませんが、私も相談させてください。

もう30歳も過ぎたのに、おじさんがどんどん苦手になります。 もちろん身なりがきちんとしていて、話しかたや振る舞いがジェントルな素敵なおじさんもたくさん知っていますが、例えば飲み屋でたまたま隣の席になって、絡んで触ってくるおじさん。仕事で、便宜上LINEを交換したら、メールとはうって変わって急にくだけたメッセージやスタンプで距離をつめようとしてくるおじさん。もともと知り合いだったけど、仕事のご飯会で突然偉そうに説教、セクハラ一歩手前のことを言ってくるおじさん……。

多分、距離感のはかり方がおかしいおじさんが苦手なのかもしれませんが、そのせいで、おじさんが全体的に苦手になってきてしまい、たまに自己嫌悪に陥ってしまいますし、軽く受け流せばいいのですが、真面目に返してしまうので、疲れてしまいます。 仕事でおじさんと関わる機会も少なからずありますし、飲みに行くのも好きなので、日常必ずおじさんにエンカウントするので、困ったな~と思っています。距離感のはかり方がバカになっているおじさんにどう立ち向かえばいいのでしょうか?(相談者:ワインは白ワイン派/女性。31歳、会社員。独身。)

紫原明子さんの回答

ワインは白ワイン派さん、こんにちは。奇遇ですね、私も白ワイン派です。最近は夕飯を作りながら台所で飲む白ワインが最高です。つまみはサラダ用に細切りにしたハムときゅうり派。どうぞよろしくお願いします。

さて、おじさんがどんどん苦手になってきているとのこと。

こういったお悩み、残念ながら私の身近なところでも結構よく聞きます。友人にストレートに「最近どうもおじさんが苦手で」と打ち明けられたこともあれば、複数人の飲み会をしようということになった際、◯◯さん(男性)も誘ってみる? と提案すると「おじさんがいると雰囲気が変わっちゃうからな……」と、なんとなく女性だけになったこともあります。表立って言うと角が立つから言わないだけで、同じような悩みを抱えているアラサーの女性、実は少なくないのかもしれません。

紳士的なおじさん、素敵なおじさんもいる。分かっているのに、それでもなぜか“おじさん”が苦手になっていく。

白ワイン派さんはお手紙の中で、“30歳も過ぎたのに”とおっしゃっているけれど、むしろ30を過ぎて、立派に大人になったからこそ浮上する悩みなのかもしれないなと思います。何せ20代前半なんかの若い頃というのは当然、知識も経験も浅く、先輩の指導を受けたり、頼ったりしなければならない局面が多々あります。そんな中で、年上のおじさんが多少説教じみていようが、おかしな距離のつめ方をしてこようが、自分より知識も経験もあるのだから、きっとそこには必然性があるのだろう、これが社会人というもなのだろうと、知らないからこそ折り合いをつけられていたこともあったと思うんです。

けれども30歳も過ぎると、いい加減それなりのことが自分でできるようになってきました。何が常識的で何が非常識なのかだって、もうさすがに自分で判断できます。にも関わらず、一部の失礼なおじさんはいつまでも“何も知らない若い女”役を押し付けようとする。そこでついにある可能性が浮上します。

“親切心で教えてくれていたのではなく、何も知らない方が都合が良かっただけなのではないか”

時同じくして、それまではあまりよく見えていなかった社会の真実だって、徐々に見えてくるようになります。真実というのはつまり、立派な人の集まりに見えていた大人社会が案外、大勢の大人のハッタリで回ってるんだなってことだったり、あるいは、いい大人のしょうもない見栄やプライドが、さまざまな場所で生産性の向上を阻害してるんだなってことだったり。経験が乏しいからこそ持っていられた社会への幻想が、ついに無慈悲に打ち砕かれ、社会への期待値が暴落。で、たとえば今の国会を見てもわかるとおり、日本の社会で大事なことを決めるような場面で、いつも中心にいるのはおじさんです。おじさんと、大勢のおじさんの方向づける社会。その両方に失望し、太刀打ちのできなさについ途方に暮れてしまう……というようなときが私にはあって、つまり私自身も、白ワイン派さんのお気持ちはとてもよく分かるのです。

すこし話がそれてしまいましたので元に戻して、じゃあもっと具体的に、失礼なおじさんの何がここまで私たちを苦しめるのかと考えてみると、それはたぶん、眼の前の人間が誰であろうと、どう感じていようと、おかまいなしに“若い女”“ものを知らない女”“怒らない女”を押し付けてくるからなのではないかと思います。「個」を無視し、わかりやすく、扱いやすい役を一方的に押し付ける。なぜならそれが、自分にとって都合が良いからです。

失礼おじさんに土足で踏み込まれて嫌な思いをさせられがちな女性って、多くの場合、場の空気を大事読んで、みんなの楽しい時間を自分の楽しい時間よりも優先しようと考える、心の優しい人であることが多いと思います。おそらく、白ワイン派さんもきっとそうなのではないでしょうか。空気を読むって、他者が自分に与えた役割を無抵抗に受け入れることで、私たちの価値観には、なんとなくそれが良いことと刷り込まれているんですよね。だから、役割を全うしようと最初のうちは献身する。でも、与えられるままに受け入れていたら相手がどんどん調子に乗ってきて、この若い女には何を言ってもいい、みたいな空気が増長して、それに辟易してついに態度に出るようになっちゃった、というような変遷をたどっているのではないでしょうか。

よーーく考えてみてください。失礼なことをされて嫌な顔をしただけのこと。なぜ自己を嫌悪する必要があるでしょうか。むしろ労ったって良いくらいです。白ワイン派さんは、失礼なことを失礼と気づかないおじさんに、それは失礼なんですよって教えてあげてるんですから、立派なことです。年齢を重ねた人にコミュニケーション・マナーを教えてくれる人なんて、なかなかいないらしいですよ。怒る方だって、楽しい時間とか、怒ることに費やすカロリーとか、それなりに犠牲にしているのです。おじさんが反省して、以降女性への態度を改めるかどうかはまた別ですが、少なくともその態度にいい顔をしない女がいるのだってことは知らしめたのだから、素晴らしいことです。

だから白ワイン派さんは今のままで十分、何も改めることはないと思います。……でもそれだけじゃお悩み相談にならないので、あえて付け加えると、むしろもっと積極的に、誠実おじさんと失礼おじさんを差別してはどうでしょう。誠実な人と付き合いたい、失礼な人とは付き合いたくない。人付き合いにおける当然の前提が、年下の女と接するときだけ適用されないと考えている人の目を覚ましてあげるための社会貢献事業です。

とはいえ相手が職場の上司だったり、取引先だったり、関係性を悪くしにくい場合もあるかと思います。そういうときは、ひとまずこういうのはどうでしょう。共通の知人の誠実おじさんを、失礼おじさんの前で、いたって無邪気に、手放しでめちゃくちゃ褒めまくるのです。しかもそれを一度ならず何度も繰り返し、やる。褒める対象となる誠実おじさんが一人だと変な誤解をされる可能性もあり、また嫉妬の牙が誠実おじさんに剥いて迷惑をかけてしまう可能性もあるので、誠実おじさんには複数のラインナップがあると良いかもしれません。「◯◯さんは本当に良い人、こういう人間性が素晴らしい」と、失礼おじさんに明らかに欠けている長所をピンポイントで褒めたり、あるいは失礼おじさんがやりがちな失礼な言動を挙げて、そういうことをしないからあの人は素晴らしい、という言い方をすると、さらにメッセージ性が強まります。そしてひとしきり褒めたあとすっと黙って、相手の頭から足元までをなめるように見て(それに比べて……)と目で語る。

また、誠実おじさんに対してだけ友達として心の扉を開くようにして、失礼おじさんと接する際には、多少不自然なくらい警戒心や緊張感を演出、心の扉をガチガチに締めていきましょう。ちょっと細かいんですが、たとえば飲み会などの席でやむを得ず失礼おじさんと同席した際などは、“当方、会話とはタイマンだと思ってますんで一言一句逃さず聞いてますよ”という挑戦的な気持ちで、話しているおじさんの目の奥を険しく見据える。あらゆる揚げ足を取る。愛想笑いはしない。絶対に敬語は崩さない。つけこまれるので自虐は言わない。そしてすぐにトイレに立って席を移動。そういうことを露骨にやっていきましょう。失礼おじさんの方から避けてくれるようになればしめたものです。またたとえそれで飲み会に呼ばれなくなったって、そういう飲み会には行かなくていいんじゃないでしょうか。もちろん、世の中には私の知らない色んな世界があると思うので、前時代的な空気が残っていて、ホステス役をやらない女が仕事をさせてもらえない会社というのももしかしたらあるのかもしれませんが……だとしたら別途ご連絡ください。私、記事書きます。あるいは社会派メディアを紹介しますんで、一緒に告発していきましょう。

ただ、これらを実践していくと同時にひとつだけ気に留めておきたいのは、いかなる人付き合いにおいても、なるべく誠実でいたい、ということです。でもその誠実さっていうのは決して相手に迎合することや嫌なことを嫌と言わないことではなく、目の前の人の「個」を知ろうとすることだと思うのです。年齢や性別や外見や職業。そういった相手のわかりやすい属性になるべく頼らずに、相手の「個」を知ろうと努めること。そしてやっぱり、自分の理解に都合の良い役を、相手に押し付けようとしないことだと思うのです。

白ワイン派さんは、きっとこれまでたくさん嫌な思いをされてきたのでしょう。でも、相手をよく知りもしないうちから年齢や性別で「おじさん」役を与えて避けてしまうというのは、年下の女に都合の良い役を与えてきた失礼おじさんたちと、結局のところ、同じになってしまいます。自分がやられて不愉快だったことをやり返すっていうのは、きっと本意じゃないですよね。

失礼おじさんが、眼の前の女性に失礼なやり方で一元的な役割を押し付けてしまう背景には、目の前の存在が自分の理解を越えた存在である可能性を受け止められない弱さや臆病さ、想像力のなさなどが生じさせる、思考停止があるのだろうと思います。けれどよくよく考えてみると、私たちの社会は同時に、おじさんたちに対しても、少なからず同じようなことをしてきたのです。まともな大人の男はみんな家族を持って仕事をするもの。そんな風に、「個」を無視し、社会を維持するのに都合の良い役を与えてきたのです。愚痴を吐きたいのに愚痴を吐けない。誰かに決めてほしいのに最終的に頼られたりしてしまう。おじさんはおじさんで、やっぱり大変なところもあるよな、とも思います。

お互いに相手の状況に想像力を働かせながら、役をおりたあとに残る「個」を掘り出し合う。人と人とが出会う醍醐味というのはまさにそこにあるはずで、せっかく何かの縁で出会ったのだから、一度くらいはその可能性を探ってみたいですよね。

なにより根が優しい白ワイン派さん。他人から失礼なことをされたときと同じくらい、人を拒絶するような対応をしてしまう自分というのもやはり、ストレスの材料になってしまうのではないでしょうか。だからこそ、何よりご自身の精神衛生のために、なるべく「おじさん」全般への苦手意識は捨てて、せめて初対面の相手には、たとえ「おじさん」属性と思われる相手にだって、努めてまっさらな気持ちで接してみる。……で。やっぱりとんでもなく失礼なやつだと見切りがついたら、そこで一気にギアチェンジ。飲み会の席を、ガチンコの戦いが繰り広げられるリングに一変させてやりましょう。ご健闘をお祈りしています!

イラスト:わかる
イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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