クレームし続ける努力。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」
「物言わぬ人は空っぽ」というのが、フランス人の考え方。日本人の「言わぬが花」とは真逆で、フランスに来た日本人はまずこの大きな壁を越えなくてはならない。
私がパリで住みはじめた古い部屋は小汚く、1カ月の間にトイレの故障、電話コードの緩み、排水溝のつまりとトラブルのオンパレード。クレームを入れてもすぐに直してもらえるなんてことは当然ない。そんなある日、施設側から「リノベーション工事が行われます。最もうるさい日はこの3日間です。ご迷惑をおかけしますが、何かのときはスタッフが対応します」というような内容のメールが届く。すぐ隣の部屋でのリノベーションは早朝から大きな音を立ててはじまり、実際には、最もうるさい日が3日間にとどまることはなく、その後、何度もクレームを入れることになった。返信はないもののその度に、トイレの故障や排水溝のつまりなどの小さなクレームは解決してくれる。でも、このままでは、こうやってのらりくらりかわされてしまうのだなと実感した私は、クレーム担当だけでなく、私のこの渡仏に関わってくれた関係機関の人たちも含めて、クレームをオープンにし、騒音を収めたムービーを添付し、メールした。そうしたら、初めての返信!
「月曜日の朝、私のオフィスに来て、解決策をさがしましょう」と。この段階で解決が約束されたわけではない。それでも、私にとっては大きな展開。万全の準備をしてオフィスを訪ねた。
結果、私は最上階のリノベーションされた眺めがいい部屋を手に入れた! 私の代わりにあの騒音の激しい部屋をあてがわれる人がいる。ここが日本なら、根本的な問題が解決しないこの方法に疑問を持っただろう。でも、フランスでは、たとえ同じ金額を払っていても、それぞれ状況の改善に交渉を重ね、勝ち取った結果は自身の努力ゆえ。そう思えたのも、今回の結果があったからで、このクレームが通らなければ私はフランスもフランス人もきっと大嫌いになった。結局、「好きか嫌いか」は相手がどうこうではなく、自身の努力、そしてその結果なのだな、と感じ、フランスのこんなやり方も愛おしく思えた。
束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imost
『クロワッサン』985号より
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