くらし

見知らぬ誰かの“食べられる残り物”。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

私が今いるパリのアーティストインレジデンスには、キッチンなどが付いているCafeと呼ばれる共用のスペースがある。予約しておけば自由に使えるスペースで、友人達を招いてそこでお好み焼きパーティーをすることになった。

準備のため、朝、鍵を受け取り、Cafeに行くと、前日使っていた人が残していった食べ物が冷蔵庫に3つほど残されている。一つはサラダ、一つはペースト、一つは……何か分からない。どれもそれなりの量があり、冷蔵庫自体が小さく、これらの食べ物をそのままにしておけず、レセプションに捨てていいのか尋ねにいった。レセプションにいたスタッフは「悪くなってるのなら捨てたらいいけれど……」と少し困った顔。もう一人のスタッフも「あれはシェア冷蔵庫だから、残ったものはそうやっておいていく。悪くなってなかったら食べたらいい」と。共用のスペースを使う時は「来た時よりも美しく」と叩き込まれてきた日本人の私。と、同時に「前日の残り物を招いた友人に出すことは失礼」というのが当たり前の考え方だと思ってきた。この体験で思い出したのが、ドイツ、ベルリンでの出来事。食べ物屋が立ち並ぶフードマーケットで、友人とパスタを食べていると、若い女性が声を掛けてきた。手にした食べかけのピザを指差して、「コレあげる、お腹いっぱいになっちゃったから。あそこの店で買ったの。美味しいわよ」と。ベルリン在住歴の長い友人は笑顔で受け取り、「ここではよくあるよ。まだ食べられる残り物を捨てるのもったいないからね」と。確かにそうだけど「何かあったら……」と考えてしまう自分は、常にそういう思考を持ってるんだな、とちょっと嫌気がさした。食べかけのピザはまだ温かく、とても美味しかった。

Cafeの冷蔵庫が片付いていないことに使用者の怠慢だと、少しムッとしたけれど、ここはフランス。誰が作ったか分からないものを食べてみるというスリリングな冒険も、ここでしか出来ない体験かもしれない。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』986号より

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