くらし

『私はあなたの記憶のなかに』著者、角田光代さんインタビュー。どこか悲しくも心くすぐられる短編たち。

かくた・みつよ●1967年、神奈川生まれ。’05年『対岸の彼女』で直木賞、’12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、’14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞など、数多くの賞を受賞。最新刊は『源氏物語 上』、このあと中・下巻が続く。

撮影・土佐麻理子

父の葬式で甦る愛人と思しき人との少女時代の日々、中高一貫の女子校生特有の甘酸っぱい体験。離婚で家を出ていく妻に告白する、認知症の老婆との恥ずべきなのにどこか温かくもやさしい、学生時代のある夏の回想。最も古いもので’96年から’08年に発表された、実に彩り豊かな短編8本が収録されている。これらのほとんどは、角田光代さんが「’04年から’10年ぐらいまで、自分で1000本ノックを課して大量の短編を書いていた」頃のもの。

「ただただ短編小説がうまくなりたくて。ちょうどその頃、文芸界はアンソロジーブームで、1つのテーマに沿って5、6人の作家が書く仕事が多かったんです。たくさん書くつもりだったから依頼はほぼすべて受けていました……受け過ぎて、その後アンソロジーが大嫌いになってしまったほど(笑)」

お題はさまざまで最後の恋、香り、ティーンエイジなど。胸が締めつけられる収録作「空のクロール」は、いじめがテーマだ。

「いちばん年が若いときに書いたからか、現在の自分との違いを感じる小説ですね。登場する少女たちも小説全体の色も強い。今の私は、いじめ問題など書きたくないし、書かないかなと思います」

全体を貫いているのは、哀しみを帯びたどうしようもない登場人物たちと切ない色合い。

「ちゃんとできない人たちばかりで、どれも同じ空気を纏っていますよね。もともと私が書くのはちゃんとしてない人が圧倒的に多いんですけど、こんなにみんな悲しくはないんです。膨大な量の短編の中からよくぞこんなに悲しい人たちを集めたなと。そこは編集力のすばらしさに感心しました」

誰の周りにもいそうな、ダメなところを持った、あるいは何かの運に見放されたような人たち。懐かしいような、心が震える小さな思い出。どれも読む者の記憶の隅をくすぐられる物語で、著者の多彩な魅力が存分に楽しめる。現在角田さんは、’15年から取り組んでいる現代語訳『源氏物語』に没入する日々のため、無性に短編を書きたくなるときがあるという。

「長編は取材などの準備が1年はかかるのですぐには書きだせないけれど、短編は1000本ノックのおかげですぐに書けるように。書きたいテーマもありますし、短編は新しい書き方を試みたりすることもできるので」

日本古典文学の最高峰・源氏物語を経た角田さんから、どんな短編が紡ぎ出されるか、待ち遠しい。

小学館 1,500円

『クロワッサン』973号より

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