くらし

『ウー』著者、皆川博子さんインタビュー「調べるときはもう、イチから勉強です。」

みながわ・ひろこ●1930年、京城(現ソウル)生まれ。ミステリーから幻想小説、時代小説など幅広いジャンルの作品を執筆し続ける。著書に『死の泉』『海賊女王』『開かせていただき光栄です』『クロコダイル路地』など。2015年、文化功労者に選出。

撮影・中島慶子

御年88歳にして、精力的に執筆活動を行う皆川博子さん。本作の舞台は第一次大戦下のドイツと17世紀のオスマン帝国。時代も場所も違う2つの物語が交錯する、緻密で強靭な仕掛けを持つ作品だ。

「連載のお話をいただいたとき“定点観測”をしたいと思ったんです。『ロンドン』(E・ラザファード)という小説がありまして、ロンドンの一地点を舞台に、古代ローマから現代にいたる2000年ほどをいくつかの家族の変遷で描いたものなんですが、それをしてみたくて。どこか一点定めるならルーマニアかしら、と調べるうち、バルカン半島一帯をオスマン帝国が征服した時期に強制徴募(デウシルメ)という制度があったことを知りました。キリスト教徒の少年が、貢ぎ物のようにオスマンに連行されるのですが、資料を読み始めたら、定点観測はどこかに行ってしまって(笑)」

『ウー』は13歳と11歳の少年が強制徴募によって、オスマン帝国に送り込まれる物語が軸となっている。故郷や家族から切り離され、名前も宗教も奪われるという理不尽な目にあってなお日々を生き抜いていかねばならない。

「私は戦前生まれで、疎開もしました。国と国とが戦争をするような大きな力が動いているときに、子どもの意思なんて通らない。全部大人の都合。子どもの無力さをしみじみ感じていましたね。そんな経験が強制徴募の子どもたちと重なったのかもしれません」

ところで、戦闘に参加することになった彼らはある不思議な体験をする。そのキーワードは“塩”、そして“地下”。

「命の根源のようで、昔から塩に興味がありました。『塩の世界史』(M・カーランスキー)という本を読み、これを使えば、離れた世界をつなげられる!と。あと、クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』という、地下に隠れて生活する映画があったでしょ、地下には国境がないな、とも思って」

皆川さんの好奇心の旺盛なこと。

「知らないことばかりですから。調べていろいろわかるようになるのはおもしろいことですよ。この年ですからもう海外は無理なんですけれど……トルコの町には行ってみたかったと心から思います」

資料頼りで描いたというオスマン帝国のパートだが、豪奢な後宮、兵士の風俗、まるで皆川さんもそこにいたのではないかと思うほど、その描写は鮮明だ。塩鉱やドイツのユーボート(潜水艦)のパートも含め、みずみずしくも奔放な想像力に圧倒される読書体験をぜひ。

文藝春秋 2,200円

『クロワッサン』970号より

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