くらし

山あいの町で始まっている、共助・共生の試みとは?

  • 撮影・青木和義

人と人とを繋ぐ地域通貨「萬(よろづ)」が、お互いさまのネットワークを生む。

通帳型の地域通貨「萬」。取引の内容と金額、残高、サインを記入して使う。ほぼ毎週、佐藤さんから野菜を譲ってもらう妹尾さんは、野菜の種類も記録するようにしている。

ビオ市にも出店していた「荒々しい野菜 佐藤農園」の佐藤さんが、畑に野菜を採りに行くというので同行させてもらった。この日は、近所に住む妹尾佳子さんに、趣味で作っている野菜を譲ってあげるのだという。収穫されたばかりのみずみずしい野菜を佐藤さんがカゴに詰め、妹尾さんに手渡す。すると、二人は手帳を取り出し、何やら文字を書き込み始めた。
「これは『萬(よろづ)』といって、通帳型の地域通貨なんです。今日は、10種類の野菜を譲ったから、1種類100萬×10で1000萬を僕の通帳のプラスの欄に記入します」(佐藤さん)
「私の通帳には、マイナス1000萬。佐藤さんの野菜は、無農薬で本当においしいんですよ」(妹尾さん)
最後に、互いの通帳を交換してサインをし合う。藤野では、この「萬」を使った住民同士の交流が盛んに行われている。いったいどんな仕組みなのだろう。藤野地域通貨「よろづ屋」を運営する池辺潤一さんに聞いた。

「地域通貨は、限られたコミュニティで使える『円』ではないお金です。既存の経済の枠組みの中では真に豊かにはなれないのでは?という疑問から、新たな経済のシステムを作る取り組みの一環で各地で行われています」

藤野でこの活動が始まった背景には、「トランジションタウン」というイギリス発祥の概念がある。
「食やエネルギーなどを有限な資源に頼っている不安定な社会から、持続可能な社会へ移行しようという運動で、藤野では2009年に始まりました。持続可能な社会のためには、“地域の自立”が不可欠。地域にある資源を見直し、生かすことで、一般に流通する食品や電力などへの依存からの脱却を目指す。例えばビオ市による食の自給も、そのための取り組みのうちのひとつです。食品や電力同様、私たちの生活は『円』のお金にも依存していますよね? 『円』がなければ物もサービスも買えない。そこからの解放、自立のための試みが地域通貨です」

円のお金を介さない、新たな経済のかたち。

(左)「野菜作りは趣味。商売する気はないから、もらい手がいてありがたい」と佐藤さん。(右)この日採れたのは、水菜や白菜など10種類。渡す時においしい食べ方もアドバイス。

現在「よろづ屋」には移住者を中心に500人ほどの会員がいる。入会すると通帳が交付され、『よろづ』メーリングリストに登録される。すると、「余っている野菜はいりませんか?」「駅まで送迎をしてほしい」など、物やサービスを提供したい人・受け取りたい人からのメールが全員に送られてくる。個々のやりとりで取引が成立すれば、当事者同士で値段を決めて通帳に書き込み(単位は萬)、サインをして終了。銀行の通帳のように元手は必要なく、全員が0萬からスタートする。取引を担保するのは信頼だ。
「地域通貨の目的は、人のスキルという資源の発掘と、損得ではない“お互いさまのネットワーク”を作ることです。例えば『洋服をお直ししたい』と思ったら、これまでは車で遠くのリフォーム店まで行かなければならなかったけれど、『得意だから私でよければ直してあげる』という人がいれば眠っていたスキルが掘り起こされ、地域で共有される。残高がマイナスになっても問題ありません。生産者と消費者、どちらもいることが大切ですから」

野菜を譲った佐藤さんいわく、「萬のやりとりはおすそ分けの延長」。一方の妹尾さんは「もらってばかりでは悪いから」と、夫の協力を得て佐藤さんのパソコン修理や年賀状印刷を「萬」で請け負う。お互いさま、と思えば人に頼みごとをするハードルが低くなり、また、お金をもらうほどではない自分の能力も惜しみなく人の役に立てることができる。そんな助け合いの輪が、地域の中で広まっていく。

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