「終の棲家」は自然の中のシンプルな平屋。
撮影・雨宮秀也 文・嶌 陽子
アクセサリーデザイナーとして活躍してきた小前洋子さんが、千葉県いすみ市に家を建てて移り住んだのは15年前、52歳の時だった。
「生まれてからずっと東京暮らしだったので、自然の豊かな田舎での生活に憧れていて。40代終わり頃から、本格的に移住を考え始めました。土と共に暮らしながら、自分で食べるものを自分で作りたいと思ったんです」
雑誌などで調べるうち、手つかずの自然が残るこの土地に惹かれ、移住を決めた。外房の海へも車で5分。今でもこの土地が大好きな一方、暮らしてから気づいたことも多いという。
「近所を散歩すると、ちょっと場所が違うだけで、風の通り方が全然違うのを感じます。地質も、同じ市内でも場所によって違う。こういうことは、数回の下見だけでは分からないもの。可能なら、家を建てる前に1年ほど借家に住んで、その土地の自然や生活を体験してみるのが理想だと思います」
コストを抑えつつ、素材にこだわって建てた。
140坪の土地に建てた、15・5坪の一人暮らし用の平屋は、小前さんが自ら設計した。こだわったのは、壁や床に自然素材を使うことと、できるだけコストを抑えること。自ら探し出した床材は、泥に藁を混ぜて蒸したもの壁は漆喰に砂と紙を混ぜたものだ。両方とも調湿性が高い素材なので、「この家に帰ると、空気がさらっとしているのを感じます」
心身への良さや省エネを考えて室内を自然素材にする一方、本当は木にしたかった窓枠はアルミにして、コストを抑えた。外壁と屋根は、堅牢で頻繁な塗り替えが不要なガルバリウム鋼板を選び、手間と維持費を減らした。さらに、収納と間仕切りを兼ねることで、コスト減だけでなく、空間の広さを確保。家の中央にある収納兼間仕切りでキッチンと寝室を区切った、ほぼワンルームのような間取りの家には、小前さんが「ゆたーっ」と表現する、心地よく柔らかな気が流れている。
移住当初、挑戦した野菜作りは、もの作りへと変化。ひょんなことから通い始めた地元の陶芸教室で陶芸に魅せられ、2年前、陶芸家としてデビューした。今では、5年前に敷地内に建てたアトリエで制作に没頭しながら、愛犬のポーと一緒に、近所の林や海辺の散歩を楽しむ日々。毎年、庭になる柚子の実で柚子胡椒を作ったり、時には台風の脅威を体験しつつも、自然と共にある生活を満喫している。
『クロワッサン』937号より
●小前洋子さん 陶芸家/アクセサリーと布雑貨の店『アンジンクチン』共同オーナーを経て、2014年に陶芸家として初個展を開催。 http://www.yokokomae.com/
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