建築家と一緒に考える50代からの住まい塾。【後編】
撮影・青木和義 文・瀧井朝世
気づかないうちに溜めている ストレスに気づくことが大事。
青木 目に入るものがストレスにならないことって大事ですよ。僕のクライアントで気に入らなかった床材を張り替えた方も、素材を選ぶ時に予算に制限はあったけれども、それでも自分が選んだものだから満足できるとおっしゃっていました。自分が何にストレスを感じているかが分かれば、おのずと行動すべきことが分かりますよね。
大平 まさにそう。私の場合、取材で他の方のキッチンを見せてもらった時に扉がついているのを見て「いいな」と思って、あ、私は扉がないことがストレスだったんだと気づいたんです。他にも、スウェーデンを旅行した時にどのホテルにもタオルウォーマーがあって「いいな」と思って、自宅にも買ったんですね。結果的にバスタオルはいつも乾いているし冬はお風呂場もあったかいし、自分はこれまでバスタオルがなかなか乾かないことが嫌だったんだと気づきました。
青木 「いいな」と思う気持ちを深掘りしていくと、日ごろ感じていたストレスに気づきますよね。何も考えずにいきなりショールームに行っても、そういう気づきは得にくい。やはり普段から心のどこかで気にかけておいたほうがいいんでしょうね。
大平 確かに、ショールームよりも自分が気に入っている行きつけのビストロとか、仲のいい年上のご夫婦のお宅とか行った時にヒントが得られそう。それこそ扉の材質とか、キッチンとか、使われている電化製品とか……。
青木 キッチン用品や電化製品はどんどん進化していますから、ある程度情報は仕入れておきたいですね。
大平 そう、こんな使いやすい製品が出てたんだ、って思いますよね。魔法瓶と同じ構造で、お湯が冷めないバスタブがあったり。
青木 そうしたものも何が合うかは人それぞれなので、自分の好みを自覚することが大切ですね。
大平 私、前はコンロの五徳をちゃんと磨く自分がいいと思っていたけれど、五徳回りがフラットなコンロに替えたらやっぱり楽なんですよ。それって手数を少なくするということなんですよね。
青木 楽することは悪いことじゃないんです。自分たちの親の世代くらいには我慢するのが美徳という意識がありますが、我慢はしなくていいと思います。手数を減らすことで浮いた時間を自分のことに使ってこそ大人だなと思います。
大平 私、心のどこかで楽をしちゃいけないって、思っていました。でもそんな思い込みを取り払わないといけないですね。もっと楽しまないと。
目指すゴールを見極めるために、 専門家に相談をするのも方法。
青木 30代から50代までの20年間と、50代から70代までの20年間は、身体の変化が全然違う。住む街を迷われている方には、そうしたことも考慮しながらアドバイスするようにしています。
大平 青木さんのような建築家の事務所に相談にいこうと思ったら、事前に何を準備すればいいですか?
青木 こういうことがしたい、という気持ちだけ準備していただければ。支離滅裂でもいいので、思っていることを話していただきたいです。
大平 カウンセラーみたいですね。
青木 話しているうちに整合性がとれて、目指すゴールによりはやく近づけますよ。気軽にご相談ください。
定年後もオンとオフを切り替えたい。
ちょっとした工夫で空間の表情は変えられる。
土間を広くとる、段差を作る、布をかけて目隠しをする……。扉や壁で遮るのではなく、開放感を保ったまま場所のメリハリを生み出す演出だ。さりげない配慮のひとつひとつが視覚や体感に働きかけている。まさに見立ての技。
手間ひまかけるのがおっくうになる
家事動線や水回りは快適さを追求して。
水回りは使いやすさだけでなく、スッキリ感も重視し、見ても使ってもストレスフリーの空間に。
また、青木さん宅は玄関横にオープンスペースの洗面所があり、シンクの横にトイレもある。もちろん使用時には目隠しできるつくり。
「好き」を深掘りする最後のチャンス。
好きなテイストを妥協せず取り入れる。
青木さんが随所に取り入れているのが和のテイスト。ダイニングの障子だけでなく、別室のロールスクリーンには和紙風の不織布を使用。「民藝風居酒屋のような〝ザ・和〞にならず、取り入れ方のさじ加減がやっぱり上手ですよね」と大平さんも気に入った様子。
『クロワッサン』937号より
●青木律典さん 建築家/デザインライフ設計室代表取締役。掲載誌に『スタイルのある暮らしと家』など。事務所所在地は東京・町田。
●大平一枝さん 文筆家/朝日新聞デジタルに「東京の台所」(文・写真)連載中。著作に『紙さまの話』『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』など。
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