『もうしばらくは早歩き』著者 くどうれいんさんインタビュー ──「食と同じくらい、移動は誰の人生にもある」
撮影・幸喜ひかり 文・一寸木芳枝
エッセイの名手、と呼ばれる書き手が扱う2大テーマといえば、食と旅。くどうれいんさんもまた、『湯気を食べる』や『桃を煮るひと』など、食にまつわるエッセイで注目を浴びてきた。
「私、食のエッセイは何本でも書けるんですよ。単純に計算しても1日3食で1週間なら、たぶん21本は書ける。でも旅は仕事でいろんなところに行く機会はあっても、根っからの旅好きというわけではなくて。割と引きこもりというか、何か用事がないと出かけたがらない人間なので、旅をテーマに連載を引き受けるのは荷が重いなと」
そこで選んだのは、移動。
「家に引きこもっていたとしても、トイレや冷蔵庫には必ず行きますよね。それも移動だと考えれば、誰の人生にも必ず移動はある。だったら、これは書けるかもしれない、と」
だが大抵の場合、移動と聞けば新幹線、車、飛行機くらいなものでは? と思ったら、大間違い。台車、ローラースケート、歩く歩道、縦移動の観覧車まで(!)。本作では実にバラエティ豊かな移動手段が登場する。
「実際に書いてみたら、ネタ切れや何を書くかで悩むことはなかったんです。苦労しなかったのは自分でも発見でした」
その言葉どおり、どの章に登場する移動も私たちの日常にごく自然に転がるものばかり。頑張ってひねり出したという感じは一切なく、読むほどにくどうさんの視点と世界はこんなにも私たちを動かすものであふれているのか、という事実に驚かされる。
「ネタ帳みたいなものは全くなくて、その都度、頭の中から記憶と当時の感触を引き出して書くのですが、今回は意外と昔話もたくさん書いたかな」
ちいさな移動の繰り返しが人生をゆっくりと推し動かす
いわて銀河鉄道で通学した高校時代、教習所に通った大学1年の秋、車通勤だった4年間の会社員時代の風景は、時に笑いがこぼれ、時に切なさがあふれる。だが、歳を重ねた直近の話、たとえば腕がもげそうなほどお土産を買う旅の最終日や〈ああ、遂に手を出してしまった〉で始まるグリーン車のエピソードは共感必至。まるで自分ごとのようにその光景が目に浮かぶだろう。
「それこそ散歩というか、横並びで歩きながらおしゃべりをしているような、読みやすい温度感の一冊になったんじゃないかなと、とても気に入っています」
ちなみに、くどうさんの“移動欲”はまだまだ貪欲だ。
「東京だったら、屋形船やはとバスに乗ってみたい。乗ったことがないものってまだまだたくさんあります。たぶん、どんな移動手段でも景色が後ろに流れていく感覚がすごく好きなんだと思います。自分だけに集中していい時間をもらっているような、解き放たれている気がするというか。だから私、歩くのも早いんですよ(笑)」
移動のお供にぴったりの一冊だ。
『クロワッサン』1156号より
広告