考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』灰降って地固まる25話 鶴屋(風間俊介)がデレた!蔦重(横浜流星)てい(橋本愛)結婚祝いは耕書堂の暖簾、恩が恩呼ぶめでたい門出だが…
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
こりゃあ恵みの灰だろう
ついに蔦重(横浜流星)の耕書堂が日本橋に進出を果たした25話。
大坂の書物問屋・柏原屋(川畑泰史)の、うちから日本橋・丸屋を買いませんかという突然の申し出。面食らう蔦重に柏原屋は、この不動産売買は鶴屋喜右衛門(風間俊介)から持ち込まれた話で、そう乗り気ではなかったのだと明かした。降ってわいたような良い話に驚く蔦重はスルーしてしまったが、柏原屋はサラッと気になることを口にしているではないか。
「江戸は今年、米の値がえらいことになるんやないかと」。リスク回避のために出店を取りやめたという。
柏原屋からは「浅間山が火ぃ噴いとるんですわ」(24話/記事はこちら)という言葉もあった。浅間山の天明噴火が始まったのはこの年、天明3年4月9日(1783年5月9日)。翌5月には周辺地域で灰が降ったという。これより少し前の天明3年3月12日(1783年4月13日)には青森県の岩木山が噴火している。柏原屋は旅の途中で、東日本の農作物に被害が出始めた情報を得たのか。
蔦重は今は米の値の動静にはピンときていない。喜んで柏原屋から丸屋を買い取ることにした。
須原屋市兵衛(里見浩太朗)を通して田沼意知(宮沢氷魚)の助力を取り付け、安永7年に奉行所から出された「吉原者は江戸見附内に不動産を持ってはならない」というお達しもクリアした。
売買契約と法令はなんとかなったものの、蔦重は日本橋の人々と仲良くなるにはどうすればよいのかと考え込む。商売はゴリ押しでは早晩立ち行かなくなる。店を出すなら、その地に馴染まねばと考慮するところがいい。懐っこい性格で広げた人脈で店を大きくしてきた蔦重らしいと感じる。
蔦重が頭を悩ませているところに轟音! 耕書堂を、いや江戸全体を軋ませる地震。天明3年7月8日(1783年8月5日)、噴煙を上げていた浅間山が大噴火した。
杉田玄白(ドラマでは山中聡が演じていた)は『後見草』(天明7年/1787年成立)で、このときのことを「夜が明けても空は暗く、庭を見れば細かな灰が降っていた。手に取ってよく見たら灰ではなく焼砂(火山灰)だった」と記す。
灰を掌に受けて「こりゃあ恵みの灰だろう」と呟く蔦重、なにか思いついたのか。
農村ではとてもではないが、恵みなどと言っていられない。煙と炎を巻き上げる浅間山を愕然として見つめる新之助(井之脇海)ふく(小野花梨)の夫婦。百姓である彼らにはこの先、未曾有の事態が待ち受けているのだ。どうか生き延びてほしい。
『史記』を読むてい
絶え間なく降り注ぐ灰で重たい鉛色に染まった江戸の町。どうしたらよいのかと困惑する日本橋・通油町の丸屋てい(橋本愛)が目にしたのは、色とりどりの着物を山ほど担いでやってきた蔦重だった。灰を吸い込まないよう吉原繋ぎの手ぬぐいで覆面し、胡乱な風体。
蔦重が「丸屋の女将さん。申し訳ねえが出てってもらえますか。もうここは俺の店なんで」と、ていに見せたのは、売渡契約書だ。500両で蔦重は、丸屋の土地家屋、建具一式から畳に至るまで手に入れた。24話で、丸屋と柏原屋との間でも売値は500両だったから、柏原屋は一切上乗せせず蔦重に売却したことになる。儲けよりも素早い撤退を優先したのか。
「出てけってなぁ冗談でさあ」と蔦重は笑ったが、ていと手代たちに締め出されてしまった。仕方なくやり始めたのは、背負ってきた着物を丸屋の屋根にかけるという作業。
通油町のあちこちから「勝手になにやってんだ!」という罵声が飛ぶ。危ねえぞという声もあるが、町の人々にもていにも吉原者が日本橋を征服した証として、屋根に女郎の着物を敷いているように見えたのだろうか。
ていに指示されて、屋根の着物を剝がそうとする丸屋手代・みの吉(中川翼)に、蔦重が「瓦の隙間に灰が詰まらねえようにしてんだよ。樋も詰まらねえようにしようぜ」と着物を手渡す。なるほど、このまま放置すれば雨が降るたびに瓦に溜まった火山灰がじわじわと滴り落ち、いくら掃除しても片付かない。雨樋が詰まったら厄介だ。意図を理解した鶴屋喜右衛門も、不要な着物を集めてくるよう自分の店の者に申し付けた。
皆でいっせいに手分けして、日本橋の商家の屋根を着物で覆ってゆく。
蔦重が丸屋の屋根ガードを終えると、みの吉が「どうぞ」と店の中に招いてくれた。入ってみたら、白く輝く握り飯! ていが用意させたのだろう、疲れた体には至上のご馳走だ。
握り飯を大喜びで頬張り、屈託なく話しかけてくる蔦重に、みの吉も他の手代たちも警戒を緩めて話が弾む。最初は箒だのすりこぎだのを手に、吉原者が怪しい動きをしたら叩きのめしてやるという構えだったのに。
蔦重と丸屋手代たちの楽しげな話し声を耳に、ていが読むのは中国の歴史書『史記』だ。
おていちゃん、なにを思う?
吉原繋ぎの意味
翌朝、降灰は収まったが、町はこんもりと灰が積もったまま。
奉行所から指図があり、早急に川や海に灰を捨てなくてはならなくなった。どうせやらねばならない仕事でも、命令されるとなんとなく気が重くなるものだ。蔦重が閃いた。
満面の笑みで、鶴屋喜右衛門と通油町の衆に提案する。
蔦重「どうせなら、みんなで一緒に捨てませんか」
それは積もった灰の上に線を引き、町を左右に組み分けし、集めた灰を早く捨てたほうが勝ちという競争。遊びじゃねえんだぞと憤る村田屋治郎兵衛(松田洋治)に、
蔦重「遊びじゃねえから遊びにすんじゃねえですか。面白くねえ仕事こそ、面白くしねえと」
どうせなら楽しく。その上、勝った組には10両(現在の価値にしておおよそ100万円以上)出すという。
木下藤吉郎秀吉(豊臣秀吉)の「清須城三日普請」の逸話を連想した。城の石垣工事がいつまでも終わらないと怒る織田信長に、秀吉は自分なら3日で終わらせると豪語。職人を組み分けして最初に完成させた組には信長様から褒美が出るぞと奮起させ、見事に3日で工事完了させたのだった──という、おはなし。
豊臣秀吉の伝記は「太閤記(太閤記物)」と呼ばれるジャンルで、江戸時代にはとても人気があった。講談、浄瑠璃の演目にもなり、戯作者・近松門左衛門も『本朝三国志』(享保4年/1719年初演)という太閤記物を書いている。貸本屋から地本問屋になった蔦重も、そうした本を読んでいたのかと想像した。足軽から太閤にまで成り上がった男の生き方を、本から学んでいるのでは。そういえば秀吉も蔦重と同じく、人たらしのイメージがある。
来年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、清須城の普請は描かれるのではないだろうか。
10両というボーナスに「太っ腹だねえ!」と喜ぶ町衆の反応を見て、鶴屋喜右衛門が張り合う。「では、私からは一帯25両出しましょう」帯付きの札束をボンッと出すイメージか。どよめく町衆、更に盛り上がる。さすが鶴屋さん! と持ち上げ、ニコニコの蔦重。
まったく吉原者は……と蔑みの目を向けていた鶴屋だが、灰捨て競争が始まると夢中になって駆けまわる。蔦重の右組の町衆も、いつのまにか「行け、蔦重!」と「走れ、蔦重!」と声援を送っている。
最後の桶。このままでは負けちまうぞと焦った蔦重は、勢いあまって川にダイブ!
このときの鶴屋、村田屋の反応と、それを映す演出がよい。ハッと驚き、浮いてこない蔦重を案じている。商売敵ではあるが冷酷な人間ではないというのが伝わるのだ。
川から引き揚げられた蔦重の「誰か助けてくれると思ったんですけどねえ」と笑う呑気さに、鶴屋が「ハハッ」。それを逃さず蔦重が「今、笑いましたね?」
鶴屋「私はいつだってにこやかです」
うん、そうだね、常ににこやかだったよね。感じがいいか悪いかは置いといて。とにもかくにも、鶴屋がデレた!
日本橋に現れたときから蔦重がマスク代わりに顔を覆っていた手ぬぐいの吉原繋ぎとは、隅入り角を斜めに繋げて鎖状にした柄で、一度入ったら抜けられない遊郭・吉原を表すとされる。その一方で、人と人とを繋ぐ、豊かな縁を結ぶ願いが込められた文様でもある。現代でも祭の法被など、そこに集う人々との縁を願ってデザインされるものだ。
蔦重は最初から、この手ぬぐいで吉原者であるという看板をひっさげ、日本橋の人々と縁を結びたいという心を示してこの町にやってきたのだった。
蔦重の再プロポーズ
灰捨て競争は引き分けに終わり、皆で仲良く宴。その場にていがいないことに気づいた蔦重は、そっと抜け出し丸屋を覗いた。ていは独り、店の畳に雑巾がけをしている。その姿からは「立つ鳥跡を濁さずと申します」という言葉が聞こえるようだ。この2日間の蔦重を見て、去る決意を固めたのか。
雑巾がけを手伝う蔦重に、ていは『史記』の陶朱公の逸話を語った。蔦重には陶朱公のように移り住んだ土地を富み栄えさせる才覚があるのだと確信し、店を譲ると言う。
ていの漢籍語りに耳を傾ける蔦重は、遮ったり呆れたりしない。これだけでも、ていにとっては相性がよい人物だろう。
自分は出て行くので、つる吉はじめ奉公人の面倒を引き続き見てやってほしい。この先は出家すると言うていに、蔦重は、
「陶朱公の女房になりませんか? 俺は人付き合いしか能がねえけど。女将さんみたいな学はねえし、こんなでけえ店を動かすのは初めてですけど、女将さんは生まれてからこの店にいるわけで。力を合わせれば、いい店ができると思うんでさ」
前回のデリカシーゼロの求婚よりは200倍マシ、いや比較にならないほど良い問いかけ。
「いやですか?こんな吉原者なんかとってなぁ」
ここ! 横浜流星の台詞回しがとても良い。昼間、鶴屋に向かっての「遊びのためなら吉原者は草履の裏でも舐めまさぁ」には吉原者の矜持を感じたが、この場面での「吉原者」の響きには四民の外と差別される人間の悲しみが漂う。そして「どんなに落ちぶれようと吉原者と一緒になるなどあり得ない」と言ったていが、自分と添うことで傷つくのではないかといういたわりも感じられる。
さあ、ていの答えは? きちんと蔦重に向き直り、
「日本橋では店(みせ)ではなく店(たな)のほうが馴染みます。『俺』ではなく『私』。日本橋の主に『俺』はそぐいません」
…………わかりにくい。わかりにくいが、生まれも育ちも日本橋である自分が、蔦重にこれから色々教えてゆくという意味であろうから、たぶんyes。
よかったね、蔦重!
花の下にて死なむ
25話ではもう一組、結ばれた男女がいる。
田沼意知と誰袖(福原遥)だ。21話(記事はこちら)、『袖に寄する恋』お題の狂歌会で出会ってから1年半。松前藩から蝦夷地を召し上げる政治的陰謀の共犯者としての関係であったはずなのに、少しずつ真実の恋心が育まれたようだ。
意知が誰袖に贈った扇子には『寄袖恋(袖に寄する恋)』。一年半前の狂歌会で詠まなかった狂歌を詠んだという。
西行は花の下にて死なむとか雲助袖の下にて死にたし(花雲助)
(西行法師は花の下で死にたいと言ったとか。私は誰袖の下で死にたい)
願わくば花の下にて春死なんその如月の望月のころ(西行法師『山家集』)
(願うことなら、春。桜の下で死にたいものだ。2月の満月の頃に)
意知は西行法師の歌を引用して詠んだのだ。西行法師は平安時代末期の僧侶。陰暦の2月の満月は2月15日頃、釈迦が入滅した日(命日)と同じ頃に自分も死にたいという意味だ。現在の暦では3月末から4月の頭となるので、ちょうど桜咲く頃である。
狂歌からお前に惚れたというメッセージを読み取り、涙ぐむ誰袖。
「わっちの下にて死んでみませんか。形だけでありんす」と膝に誘う誰袖と、その膝枕で横たわる意知。まずい……ひどくまずい、本気で恋をしてしまった。
このまま契約通り身請けされれば、誰袖は心底惚れ合った男と一緒になれるのだ。
よかったね……と、言いたいが、死ぬとか死にたいとか、この恋の成就はどことなく不吉な香りが漂う。意知は「袖の下(賄賂)で死にたい田沼」も掛詞だと笑ったが、これまでドラマでは多額の賄賂を贈らないと出世できない武家社会を描いてきたのだから、洒落にならない。
西行法師は、歌の通りに陰暦2月16日に73歳でこの世を去った。
意知の願いについては、叶いますようにとは言い難い。
耕書堂の暖簾!
晴れ渡った佳き日に、蔦重とていは祝言を挙げた。
駿河屋の二階に居並ぶは、媒酌人である扇屋宇右衛門(山路和弘)夫婦、蔦重の家族・義父の駿河屋市右衛門(高橋克実)、義母ふじ(飯島直子)、義兄・次郎兵衛(中村蒼)、次郎兵衛の妻・とく(丸山礼)……。
…………ん。妻? 次郎兵衛にいさんに妻!! 大きな子どもが3人! いたんか!
そりゃいるわ。次郎兵衛にいさんは吉原で一、二を争う引手茶屋、駿河屋の一人息子。
蔦重が寛永3年(1750年)生まれで今年33歳だから、次郎兵衛にいさんは、大店の跡取りとして何年も前に嫁をもらったのだろう。とくさん、いかにもサバサバ、しっかりしてそうな女性である。
次郎兵衛にいさんの妻子にすっかり気を取られたが、花嫁姿のていさんの美しいこと。
眼鏡ナシていさんの美貌に、覗いていた忘八連合が「ありゃ、誰でい」。大黒屋りつ(安達祐実)だけが「丸屋の女将さんだよ」。なんでわかんないんだよと怒りの口調に笑う。
三々九度の盃を交わし、蔦重とていは晴れて夫婦となった。おめでとうございます!
……というところに、やってきた鶴屋喜右衛門。一体何しに来やがったと気色ばむ忘八連合の間を通り、座敷に入った鶴屋は礼を尽くして「お日柄も良く、ご祝言の儀、心よりお喜び申し上げます」。お祝いの品として差し出された箱の中からは、耕書堂の暖簾!
鶴屋「このたび通油町は、早く楽しく灰を始末することができました。蔦屋さんの『すべてを遊びに変えよう』という吉原の気風のおかげにございます」
吉原の気風を日本橋の商家が認め、感謝している──これまで吉原者と蔑まれてきた楼主たちに、言葉にならない感動が広がる。
「重三おめえ……死ぬ気でやれよ、おめえ!」扇屋さんの涙声にもらい泣きしてしまった。
駿河屋の親父様は「鶴屋さん。これまでの数々のご無礼、お許しいただきたく」。
そうですよね……日本橋と吉原、これまでお互いに数々あった。吉原の人たちとは同じ座敷にいたくないだの、赤子面だの、階段落としだの。よくぞここに落ち着いた。
まさに「灰降って地固まる」だ。
「巡る因果は恩がいい」という瀬川(小芝風花)の言葉を思い出す。恩が恩を呼ぶ、めでたい門出である。
歌麿の反応が気になる
日本橋通油町に、蔦屋耕書堂がついに開店! 24話で蔦重がていに提案した「丸屋耕書堂」となってはいないが、この夫婦が堂号について相談せずに祝言を挙げたとは思えない。蔦屋耕書堂を二人でいい店にしようと決めたのだろう。おていちゃんが納得しているなら大丈夫だ。
賑々しく開店した蔦屋耕書堂店、しかしその先に待ち受ける思わぬ伏兵──実りの秋の筈なのに稲穂がくすみ、不穏な気配が漂う。
不穏と言えば、めでたい話の中で一点気になることが。蔦重が丸屋女将さんと夫婦になると聞いたときの、歌麿(染谷将太)の反応だ。今までもちょいちょい、気になってはいた。歌麿は蔦重が妻を娶るかどうかを警戒していたのだ。蔦重の結婚が嫌なのかという次郎兵衛のストレートな問いに、「嫌じゃねえけど俺は店に住んでいいのかと」と取り繕う。そんな歌麿に、蔦重は「お前は俺の義弟なんだからよ!」と笑う。ああ蔦重。男女の機微に疎いだけでなかった。人たらしのくせに己に向けられる好意にとことん無頓着なのだ。罪な奴め。
この先、歌麿の気持ちがどこかで救われますように。
次回予告。天明の米騒動。身分の上下問わず米がない。奉公人全員に食わせてゆかねばならない。そこに飯を食わせろと登場した蔦重のおっかさん・つよ(高岡早紀)。強そう。
「一昨年の米ならある」。それって古古米ですか。過去と現在が、画面の向こう側とこちら側がリンクする!
26話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、高橋克実、渡辺謙、染谷将太、橋本愛 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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