【女の新聞 100年を生きる】せんべいさん──高齢者福祉職からプロの紙芝居師へ「伝える場を、紙芝居で作り上げたい」
撮影・土佐麻理子 文・寺田和代
ウワハハハ! 金色のドクロ顔に漆黒のマント姿。正義の味方、黄金バットが高笑いとともに登場するや紙芝居師の声も白熱。さあ、皆さんもご一緒に。すると場の人人(ひとびと)が魔法にかけられたように一斉に唱和するではないか。ウワァハハハ……。子どもはもちろんシニア向けの場では高齢者も。
演じるのは紙芝居師せんべいさん。IT時代の今、古びた自転車に付けたレトロな舞台で絵を繰り出し、老いも若きも物語世界へ誘う紙芝居に魅せられた人生と夢とは。
読み聞かせ絵本の延長でなく、プロの紙芝居師を目指した
水飴や駄菓子を食べながら街頭紙芝居を見た記憶を持つ人の多くは、1970年代前半までに子ども時代を過ごした世代。高齢者にもウケる理由の一つは懐かしさだ。
「街頭紙芝居は戦後、職にあぶれた人々が簡単に就ける職業でした。パフォーマー兼駄菓子の小売業者。最近の紙芝居は読み聞かせ絵本の延長のように見られがちですが、私は昔ながらのプロ紙芝居師」
せんべいさんが紙芝居師を志したのは2009年。当時は福祉の現場で働くベテラン相談員だった。
「小さな頃から朗読や芝居が好きで、大学卒業後に劇団に籍を置いたこともありましたが、20代半ばで会社員に。さらに紆余曲折を経て30代前半で高齢者福祉の道に」
手応えを感じ、働きつつ社会福祉士資格も取ったけれど異動と共にある働き方に限界も感じていた。
「そんな頃でした。“世界一の紙芝居屋”と呼ばれた通称ヤッサン(故人)のプロ紙芝居師養成オーディションに応募し、仕事と紙芝居修業を同時進行し始めたのは」
オーディションに集まった人々の心を掴んだ紙芝居の魅力。演者の人柄や生き方が凝縮される口演の不思議さにも魅了された。
「集まった一人ひとりの元気を引き出す力も。たとえば学校や家で立つ瀬のない子の声や仕草をうまく拾って自信を持たせる。全員が場の大事な人、と芸を通じて伝えることで皆がホッとする。そんな場を作る人に私もなりたい、と」
約3年の修業を経て、17年間の福祉職を離れ、好きな菓子=煎餅から“せんべい”を芸名にプロ紙芝居師として独立。2019年には自宅の一部を改装し、昔ながらの駄菓子屋も開店。紙芝居のお客である子どもの世界を教えてもらう学び場であり、地域の3世代が集える場としても成長させた。
数年前には高齢者の生活を支える仲間と成年後見制度を学べる紙芝居も創作。活躍の場が増え、紙芝居師の可能性を一層感じている。
「しそびれたこと(芝居)は終わらせないと納得できなかったんです」
芝居と福祉すべてが紙芝居の道で合流。いよいよ人生の収穫期だ。
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マガジンハウス クロワッサン編集部「女の新聞」係
『クロワッサン』1143号より
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