祖母、母、娘——女たちの歴史と未来を韓国の小説から考える
撮影・幸喜ひかり イラストレーション・松栄舞子 文・嶌 陽子
新たな生き方:不況や生きづらさから一歩抜け出そうという試み
古川 最後に取り上げたいのは、過去や現在を踏まえて、未来をどうやって生きていくか、そんな新しい生き方の模索につながる作品です。『女ふたり、暮らしています。』(9) は、2人の女性によるエッセイ。夫婦や親子だけが家族ではないというコンセプトです。
倉本 「女ふたり」というと、同性カップルだと思われるけれど、この2人はそれぞれに恋人がいるんですよね。
古川 そうそう。でも、家のローンを一緒に払うし、どちらかが病気になったりした時にはもう一方が養う。お互いの人生に責任を持つという意味での家族が、必ずしも恋愛などの特別な感情からスタートしなくてもいいのでは、という新しい形を提示しています。
倉本 『月まで行こう』(10) は、20代後半の会社の同僚3人が、仮想通貨投資を始める物語。今の韓国の若い人たちは生まれた時から不況という世代。以前は恋愛、結婚、出産を諦める=手放すから「三放世代」という言葉があったのが、今や全てを表す不定数のNをつけた「N放世代」という言葉が流行っているくらい、若い人たちの状況は厳しいです。
古川 この作品は、もはやデフォルトとしてある不況や貧困を嘆くのではなく、そこから一歩抜け出して何かをしようという話です。新世代らしいし、文体も新しいなと読んでいて感じます。
倉本 古川さん翻訳の『ヘルプ・ミー・シスター』(11) は、2024年の秋に出たばかりですね。
古川 現代の韓国社会をぎゅっと凝縮した作品で、「ハイパーリアリズム小説」なんて呼ばれていました。
倉本 6人家族で、大人は全員無職。お金を稼いでくる人が一人もいない。
古川 やがて、それぞれがスマホのアプリを使って仕事を請け負うようになったりしていくんです。現状を打破してハッピーエンドというわけでは決してなく、でもつらいだけでもない。「こんな不況の中でも、こういう生き方もできるんだ」ということを描いています。
倉本 さまざまなテーマの作品を取り上げましたが、韓国の女性を取り巻く状況って、日本と似ている部分もあると思うんです。近い国の話に触れることで、自分の置かれている状況を客観視できるかもしれないし、普段は同調圧力の中でなかなか言えないことも、隣の国の物語を通じてなら言葉が出てきやすいという面もある気がします。
古川 私もいつも「あなたの物語もこの中にあるかもしれない」と思いながら作品を翻訳しています。今日紹介したものの中からも、ぜひそんな一冊を見つけてほしいですね。
単なるルームメイトでも、恋人同士でもない。一人暮らしに孤独や不安を感じ始めた2人は、尊敬できて気の合う相手を人生の「パートナー」に選んだ。ソウルに暮らす2人の女性が綴るエッセイ。
大手企業に勤める仲良しの女性3人。経済的余裕がなく、今の給料では先が見えない!と仮想通貨投資を始めることに。通貨価格のアップダウンに一喜一憂しながら、自らの人生を見つめていく。
ソウルの古くて狭い2DKのマンションに6人で暮らす家族の「お仕事」をテーマにした群像劇。スマホのアプリを介したプラットフォーム労働など、現代の韓国社会をリアルに、ユーモラスに描き出す。
『クロワッサン』1136号より
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