暮らしに役立つ、知恵がある。

 

「おいしい」だけではない、旅先での食「旅食」の楽しみ方。

異郷で食べる「旅食」の醍醐味とは。単に「おいしい」だけではない、奥深さ、楽しさについて考えます。

撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子

「食べ慣れていないものでもむしろ楽しみたいんです。」(みんげい おくむら主人 奥村 忍さん・左)「食の幅の広さを知るのも旅ならではの面白さだと思います。」(料理家 藤原奈緒さん・右)
「食べ慣れていないものでもむしろ楽しみたいんです。」(みんげい おくむら主人 奥村 忍さん・左)「食の幅の広さを知るのも旅ならではの面白さだと思います。」(料理家 藤原奈緒さん・右)

異国の地で新しい食文化に出合うことは旅の大きな楽しみであり、さまざまな発見をもたらしてくれるもの。これまでに中国各地や台湾を何度も旅しているウェブショップ「みんげい おくむら」店主の奥村忍さんと、奥村さんと一緒に旅をした経験のある料理家の藤原奈緒さんが、現地で出合った食文化を振り返りながら、旅先での食=旅食の楽しみ方について考えます。

奥村忍さん(以下、奥村) 僕たちが仲間も含めて皆で旅したのは、2017年と2018年の2回でしたよね。

藤原奈緒さん(以下、藤原) 1回目が台湾で、2回目は台湾の離島の金門島と、中国のアモイ。私にとってはどれも初めての土地でした。奥村さんはもう数えきれないほど中国や台湾に行っていますよね。

中国や台湾各地の茶の産地を訪れている奥村さん。旅先にも茶器を携行し気分転換に飲む。
中国や台湾各地の茶の産地を訪れている奥村さん。旅先にも茶器を携行し気分転換に飲む。

奥村 手工芸品の買い付けの仕事でしょっちゅう行っています。現存する手工芸品がだんだん減りつつある中でお茶に出合って、お茶は現存する一番の手工芸品だと思ったんです。茶葉を摘むところから全て手仕事だし。そう思って茶の産地に行き始めた頃、料理家の友人たちと一緒に行けば自分にとっても発見が多いんじゃないかと思って、声をかけたんです。

【台北】四川料理店でのおかず。台湾でも四川料理店は多い。ニガウリやナスなど、台湾らしい食材を四川風に料理したものも。
【台北】四川料理店でのおかず。台湾でも四川料理店は多い。ニガウリやナスなど、台湾らしい食材を四川風に料理したものも。

藤原 1回目は全部で5日間くらいの旅だったかな。台北と、台北から2時間くらいのところにある、東方美人というお茶の産地・北埔(ベイプー)にも行きました。キッチン付きの宿に5人で泊まって。市場に出かけて食べてみたいと思ったものがあったら、買ってきてすぐに料理できたのがよかったです。出合う食材のどれもが面白くて、特に果物がとても瑞々しかったのが印象的でした。青いマンゴーもおいしかった。

【台北】酸味のある摘果マンゴーのかき氷を宿で手作り。お酒も少し垂らして。
【台北】酸味のある摘果マンゴーのかき氷を宿で手作り。お酒も少し垂らして。

奥村 摘果マンゴー、日本でも最近時時見かけます。熟す前のマンゴーを収穫したものなんだけど、渋みや酸味があって、黄色くて甘いマンゴーと全然違う。台湾ではそれをシロップ漬けにすることが多くて。

【台北】台湾旅のメンバー。真夏の暑い時季、奥村さんおすすめのお店をあちこち巡った。
【台北】台湾旅のメンバー。真夏の暑い時季、奥村さんおすすめのお店をあちこち巡った。

藤原 私たちも砂糖漬けのドライ摘果マンゴーを柔らかく戻して、お酒を垂らして氷と一緒に食べた記憶が。

奥村 鶏肉を買ってオーブンで焼いたり、魚を茶葉と一緒に煮たり。もちろん店でも食事したしね。

藤原 真夏で胃腸が疲れやすい時季でもあったんですが、奥村さんがちょうどいいタイミングでお茶の時間などを挟んでくれるから心地いいんですよ。

奥村 僕にとっては、藤原さんは自分にはない感覚を持っている人。旅の間、料理や食材に対してふと発する一言がすごく面白かったです。たとえば現地で調味料を使うシーンで、自分が手掛けている「あたらしい日常料理ふじわら」の調味料と比べたりしていて。

藤原 台湾の調味料は『フージンツリー』というお店のレモングラスの辣油がおいしかったです。同業者として嫉妬してしまうくらい。辣油の味が赤くないというのかな、透き通った辛さがレモングラスの香りと調和していて、すばらしい風味でした。

奥村 そういうコメントがすごく興味深いんですよね。

【台北】市場で買った食材をキッチン付きの宿で調理。「この時季に出回る枝付きライチがおいしかった」(奥村さん)
【台北】市場で買った食材をキッチン付きの宿で調理。「この時季に出回る枝付きライチがおいしかった」(奥村さん)

小籠包は台湾料理にあらず。本来の味付けは甘くて重ため。

奥村 2018年は台湾の離島、金門島の旅。そこからフェリーで対岸にある中国・福建省のアモイにも渡りました。福建省は、台湾や沖縄に文化的影響を与えた土地。台湾から福建省へ行くと、台湾にあるもののルーツを見られるし、料理の味付けも含めて、台湾の人たちが大陸のものを取り入れて、いかにうまく自分たち好みにしているかということも分かって面白いんです。

藤原 金門島は宿も素敵だったし、連れて行ってもらった骨董屋さんもすごく楽しくてたくさん買い物しました。料理も台北とは全然違っていて、海鮮を使ったものが多かった印象です。

金門島の骨董屋で見つけた「風獅子」。沖縄のシーサーにも通ずる。
金門島の骨董屋で見つけた「風獅子」。沖縄のシーサーにも通ずる。

奥村 金門島は高粱酒(カオリャン)という焼酎の産地。あとは麺線っていう細い麺を家族単位の製麺所で作っていて、軒先に麺を干しているんですよね。

【金門島】麺線と呼ばれる細い麺を干している光景が島内のあちこちで見られる。
【金門島】麺線と呼ばれる細い麺を干している光景が島内のあちこちで見られる。

藤原 忘れられないのは、街の真ん中にあったレストラン。大きな木の下にテーブルが並んでいて、夕方になると皆が集まってくるんです。食材を選んで好みの方法で調理してもらって。あのお店は今でも忘れられなくて、また行きたいなってずっと思ってます。

【金門島】藤原さんが再訪を願う、街の中心にあるレストラン。日が暮れると木の下にテーブルが出て人が集まってくる。
【金門島】藤原さんが再訪を願う、街の中心にあるレストラン。日が暮れると木の下にテーブルが出て人が集まってくる。

奥村 あのお店は前から僕のお気に入りで、絶対に体験してもらいたかったんです。喜んでもらえてよかった。

藤原 台湾の料理って基本的に甘い味付けなんですが、金門島はお酒の産地だからなのか、料理があまり甘くなく、お酒に合うなという印象でした。

【金門島】レストランの料理の数々。手前は生の蟹を高粱酒ベースのタレに漬け込んだもの。
【金門島】レストランの料理の数々。手前は生の蟹を高粱酒ベースのタレに漬け込んだもの。

奥村 そう、実は台湾料理って甘いんですよ。日本では台湾といえば小籠包のイメージが強いかもしれませんが、あれは上海料理ですからね。大陸からの食文化が入ってくる以前のものと、大陸から持ち込まれたものが時間をかけて融合していったのが台湾料理。台北だとまだ比較的味がきりっとしてるけれど、南に行けば行くほど甘くて重たいんです。そこは福建省も同じ。

藤原 あの味付けは、お茶があるから成立するのかな。甘くて重ための料理をお茶で流せるから。

奥村 アモイでも茶芸館に2軒行きましたよね。伝統的なお茶を扱っているところと、お菓子も各種取り揃えてゆっくり過ごせるようなところと。

【アモイ】海沿いの街、アモイにはこの海鮮鍋のような海鮮料理が多い。
【アモイ】海沿いの街、アモイにはこの海鮮鍋のような海鮮料理が多い。

藤原 すごく洗練されていて質のいいお茶を扱っている茶芸館がある一方、化学調味料をたっぷり使うようなレストランもある。それらが共存しているのが中国という国の幅の広さを示しているなと思ったのを覚えてます。旅ではそういうことを知ることができるのが面白いんですよね。

【アモイ】ゆっくり時間を過ごせる、洗練された茶芸館も。
【アモイ】ゆっくり時間を過ごせる、洗練された茶芸館も。

交通が栄えなかった中国僻地で今も残る郷土食や道具。

藤原 奥村さんは何度も中国に行ってますが、やっぱり土地によって食文化は全然違うんですか?

【アモイ】アモイの郷土料理、サメハダホシムシの煮こごり。
【アモイ】アモイの郷土料理、サメハダホシムシの煮こごり。

奥村 違いますね。中国の人って味覚に関してはすごく閉鎖的で、食べ慣れているもの以外は食べたくないっていう人が多い。だからこそ、土地ごとの食文化が残ってきたんです。でも最近では四川料理が全国統一した感があって、中国のどこへ行っても四川料理、もしくは四川ハイブリッド料理があるんです。それだけ皆に親しまれている。

【アモイ】アモイで訪れたもう一つの茶芸館『原色茶陶』。福建省各地の茶葉を買い付け、オリジナルで製茶したものを販売している。
【アモイ】アモイで訪れたもう一つの茶芸館『原色茶陶』。福建省各地の茶葉を買い付け、オリジナルで製茶したものを販売している。

藤原 刺激が強くて、分かりやすい味だから受け入れられたんですかね。今の時代に合っているのかも。それでも奥村さんの著書にもあるように、まだまだ多様な食文化があるなと。本当にいろいろなものを食べていますよね。

奥村 何でも食べてみたいっていう気持ちが強いし、食べ慣れていないものでもむしろ楽しみたいんです。

藤原 私も何でも食べてみたい派かな。旅先ではどうやってお店を見つけているんですか?

奥村 中国にも口コミサイトがあるんですが、あまり参考にはしていません。朝にたくさん散歩して、人通りの多い場所とか自分が気持ちいいなあと感じた場所をチェックしておきます。

藤原 インスタを見ていると、単においしいだけじゃなくて、面白いネタを拾ってることもありますよね。

奥村 たまたま入った店で面白いものに出合うっていうことはけっこうあるかも。そういえば先日、カメムシを食べたんですよ。これは偶然じゃなくて、ずっと食べたいと思っていたんです。

雲南省で作られている、銅鍋。郷土料理の炊き込みご飯などを作る。
雲南省で作られている、銅鍋。郷土料理の炊き込みご飯などを作る。

藤原 カメムシ! 虫は私、ちょっと無理かも……。でも、その場にいたらやっぱり気になって食べると思います。

奥村 10年ほど前から中国南部の雲南省、貴州省によく行っているんですが、貴州には昔から虫食文化があって、蜂の子やバッタなど、いろんな虫を食べるんです。カメムシはその中の頂点に位置していて値段も高い。

【貴州省】牛やヤギ、羊の胃の消化液、「ビエ」は貴州省に暮らすトン族の伝統食材。苦味のある「ビエ」に羊肉を入れて煮込む。
【貴州省】牛やヤギ、羊の胃の消化液、「ビエ」は貴州省に暮らすトン族の伝統食材。苦味のある「ビエ」に羊肉を入れて煮込む。

藤原 どんな調理法だったんですか?

奥村 カリカリに揚げられていたんだけど、むしろ揚がり過ぎていて、風味も何もないんです。量が多かったことや、大きさが全部一緒だったことからすると、あれは養殖だったらしい。タガメの羽はすごくいい香りがするらしく、勝手にそれに似た感じかと想像していたのですが。今度こそは天然のカメムシを味わいたいですね。

【貴州省】南東部の市場。この辺りにはミャオ族やトン族、水族の人々が暮らす。中国全土にいる55の少数民族のうち、17の民族が貴州省に暮らし、人口の約4割弱を少数民族が占める。
【貴州省】南東部の市場。この辺りにはミャオ族やトン族、水族の人々が暮らす。中国全土にいる55の少数民族のうち、17の民族が貴州省に暮らし、人口の約4割弱を少数民族が占める。

藤原 カメムシに相当な憧れを持ってるんですね(笑)。奥村さんの食に対する執念は本当にすごい。

【貴州省】米の研ぎ汁を発酵させた「酸湯」に野菜を加えたスープ。
【貴州省】米の研ぎ汁を発酵させた「酸湯」に野菜を加えたスープ。

奥村 貴州はもともと塩がない土地で、発酵で塩気のようなものやうまみを作り出してきたんです。貴州の人たちは、酸湯という米の研ぎ汁を発酵させたものをいろんな料理の土台にしてますね。

藤原 食材や調味料がなかったから、工夫を凝らしてきたんですね。

【貴州省】トン族の集落。屋根がある橋には、腰かけるベンチもあり、人々が自然と集う。
【貴州省】トン族の集落。屋根がある橋には、腰かけるベンチもあり、人々が自然と集う。

奥村 貴州や雲南は最近急速に変化していますが、それまで長い間交通が発展しなかったが故に、田舎のほうではまだ郷土食が残っているんです。保存の意味合いが強いものも多いから、今の僕らが食べておいしいとは思えないものもあるけれど、そこから土地の風土や暮らしを想像するのが面白い。

食材や調理法などからその土地の風土や暮らしを想像するのが面白い。
食材や調理法などからその土地の風土や暮らしを想像するのが面白い。

藤原 雲南省は見るべきものが多そうで、いつかぜひ行きたいです。以前、奥村さんに写真を見せてもらった雲南省のきのこ鍋も食べてみたい。

【雲南省】奥村さんが雲南省北部で食べたきのこ鍋。烏骨鶏のスープをベースになつめやクコの実も入った漢方仕立て。
【雲南省】奥村さんが雲南省北部で食べたきのこ鍋。烏骨鶏のスープをベースになつめやクコの実も入った漢方仕立て。

奥村 郷土食があると、当然そのための道具も残っている。だから僕にとってはその土地にある食材や調理法を知ることは、手仕事を探す仕事とどこまでもつながってるんです。

【雲南省】雲南省の省都、昆明にあるきのこ専門の市場。雲南省各地のきのこがここに集まってくる。きのこが採れるシーズンは雨季に当たる4〜9月と比較的長い。
【雲南省】雲南省の省都、昆明にあるきのこ専門の市場。雲南省各地のきのこがここに集まってくる。きのこが採れるシーズンは雨季に当たる4〜9月と比較的長い。

藤原 私は異国の食を知ることで、今自分が暮らしている場所にあるものをあらためて見つめ直せるのだと思います。料理のインスピレーションを受けることももちろんあるのですが、違いを知ることで自分の足元を新鮮な目で見られるというか。それが私にとっての旅の食の醍醐味なのかもしれません。

異国の食文化に触れることで自分が暮らす土地のものを見つめ直すことができます。
異国の食文化に触れることで自分が暮らす土地のものを見つめ直すことができます。

奥村 中国やアジア各地にはまだまだ面白い食がたくさんある。僕も「これを食べてみたい!」という気持ちを大切に、これからも旅の食を存分に楽しみたいですね。

【雲南省】雲南省は南北に広がる。こちらは最北にある山岳地帯で、主にチベット族の人々が暮らす。
【雲南省】雲南省は南北に広がる。こちらは最北にある山岳地帯で、主にチベット族の人々が暮らす。
  • 奥村 忍

    奥村 忍 さん (おくむら・しのぶ)

    みんげい おくむら主人

    国内や世界各国で集めた手仕事の道具を扱うウェブショップ「みんげい おくむら」を営む。著書に『中国手仕事紀行』(青幻舎)。

  • 藤原奈緒

    藤原奈緒 さん (ふじわら・なお)

    料理家

    「あたらしい日常料理 ふじわら」代表。「おいしい唐辛子」等のオリジナル調味料の開発やレシピ提案、教室などを手がける。

『クロワッサン』1121号より

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