“C‘eraunavolta(チェ・ラ・ウナ・ボルタ)……〟それはイタリア語で「昔々あるところに……」。
物語の始まりを予感させるそんな言葉を店名に掲げる着物店が、東京・青山の住宅街にある。
店主は大山和子さん。実はこの店自体が長い物語を持っている。
始まりは、戦後まもなく。場所は表参道。かつてそこにあった『オリエンタルバザー』という店を記憶する人も多いだろう。中華風の大きな店構えで、街のランドマークだった。主に外国人に向けて日本の骨董品を売っていたが、その2階で大山さんの母が古布や浴衣、法被(はっぴ)などを扱う店を営んでいたのだ。
「母は非常にたくましい女性で、戦前、鹿児島から上京して洋裁学校で学び、職業婦人として自立していました。終戦後の混乱期には、まずは進駐軍の夫人向けに着物をドレスに仕立てる仕事をして、その後、外国人に土産物として古布を売る店を思いついたんです」
まるで朝ドラの筋書きのようだが、
「本当に。私の叔母に当たる妹と2人で店を始めたのですが、2人とも英語ができなくて、最初はお客さんが来ると接客を押しつけ合っていたそうです」
『大山キモノ』というその店は多くの顧客に愛され、2000年代まで続く。生き生きと働く母たちの姿を見て育った大山さんも、20代から店を手伝っていた。
「ただ、あの界隈の家賃が非常に高騰したこともあり、もう少し奥まった場所へ移ろうと決断して始めたのが今の店です。業態も転換して、日本人に向け、リサイクル着物とアンティーク着物を扱うことにしました」
昔々、という店名はその時につけた。
「イタリア人と結婚して、この言葉を知りました。新しい店では、昔々誰かのところにあった着物を別の誰かへとつないでいく。ぴったりの名前だな、と」