『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』著者、田島木綿子さんインタビュー。「動物も人間も、生きているだけで偉いんです」
文・遠藤 薫(編集部)
「動物も人間も、生きているだけで偉いんです」
田島木綿子さんの職場は国立科学博物館。博物館の主業務である“標本収集・研究・教育普及”に携わっている。新刊は動物たちの、求愛や交尾・生殖器の構造を含むさまざまな生存戦略を綴ったものだ。
ザトウクジラのオスは、メスに求愛するためオリジナルの歌をうたい、3000キロ先まで響かせる。〈私は、その鳴音を聴くとすぐに涙腺が崩壊してしまう困った事態に陥る〉。
またイノシシ科のバビルサは上に向かって伸びる4本の牙(犬歯)を持ち、それが大きいほどメスにモテるが、その追求のあまり自分の頭蓋骨を貫通して脳を直撃し、命を落とす個体があるそうだ。〈なんとも不器用極まりないというか、限度を知らないというか、種としての学習能力を疑ってしまう〉
イヌの胎盤は帯状で、ブタの陰茎は螺旋型。それぞれ形状に理由がある。動物たちの営みに共感し寄り添う田島さんの眼差しはあたたかい。
「博物館に勤めてみるといろんな動物を知ることになります。さまざまな繁殖についても。動物にとって次の子孫を残すということは一番本能的で、生物らしい行い。忖度はないし、単純明快。だけどそこにものすごい戦略があるわけです」
頭でっかちになってしまった人間には学ぶことが多い、と田島さん。
「生きることに疲れてしまったり、自ら命を絶ってしまったりと、人はどうしてもまず頭で考えてしまう傾向にある気がするんです。説教くさくはなりたくないですけれど、動物たちを見ていると生きてるだけで楽しそうだし、それだけで実はすごいこと。
でも人間は自分を他人と比べちゃうと、リア充とか承認欲求しちゃうとか、自分も含めて、他者との優劣をつけてしまいがちな生物ですよね。そういうところが人間らしいところではあるのですが」。
楽しそうに見える動物たちも、生きていること自体がすでに大変だったりする。「そういうところを少し、読み取ってもらえれば」
人間界では少子化が大きな問題だが、動物界から学べることは?
「どんどん産もうとは言えない難しい問題なことはわかります。でも生物として、妊娠とか出産をもっともっと楽しめる社会になるといいのになとは思います。子どもがいる風景が当たり前の社会、動物のように多世代が共存して一緒に生きる社会がもっと増えれば、もう少し子どもを育てやすい環境になるのでしょうか」
生き物の世界は矛盾と分からないことばかり。
専門は海の哺乳類。クジラ、イルカ、シャチ等だ。惹かれる理由は?
「われわれ脊椎動物はもともと水の中にいましたが、進化の過程で上陸に成功しました。やっと適応して陸上で生きられるようになったのに、なぜか彼らは海に戻った。魚に戻るわけでもなく両生類になるわけでもなく海の中で哺乳類であり続けた結果、今でも定期的に海面に浮上して肺呼吸しなくちゃいけないなんて、大変そうに見えてしまう」。
その矛盾が魅力的で、探求したくなるんです、と笑った。
『クロワッサン』1096号より
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