「気配を感じるくらいの距離感」で生きていく――子どもが独立し夫婦ふたりになった料理研究家・上田淳子さんのこれから。
でも、そろそろ〝今の自分たち〟に合わせてアップデートしてみませんか?
撮影・津留崎徹花 文・飯村いずみ
子どもの独立をきっかけに、二人になった夫婦のこれから。
定年を迎えた夫が一日中家にいる、考えただけで今から憂鬱……と思っている妻のなんと多いこと! にもかかわらず、ほとんどの人が何もできずにいる。そんな中、コロナ禍を夫の退職後のリハーサルと前向きにとらえ、定年前に対策を講じた人がいる。料理研究家の上田淳子さんだ。
「私の仕事場は自宅のキッチンです。雑誌や書籍の撮影では、カメラマンやスタイリスト、編集者と一日中キッチンで過ごします。夫が在宅勤務中の撮影では、食事はおろか水も自由に飲めない夫が気になり、私も仕事に集中することができませんでした。この経験から、今後はこの家で仕事を続けていくのは難しいと痛感したのです」
気配を感じるくらいの距離感。〝いい相棒〟として生きていく。
時を同じくして息子二人が独立することになり、二十数年ぶりに二人だけの生活が始まることになった上田夫妻。
夫が定年したらどこで暮らす? 自分たちは今後どんなふうに暮らしていきたいか? を話し合ったという。結論としては上田夫妻は引っ越しを決断。その顛末は、上田さんの著書『今さら、再びの夫婦二人暮らし』に詳しい。
ただ、この本は引っ越しをすすめるものではない。子どもが独立した夫婦がお互いに快適に暮らしていくためにはどうしたらいいか? をハード面、ソフト面の両方から見直した本である。
「私たち夫婦は、趣味から何からまったく違います。夫は健康オタクのアウトドア派。私はどちらかというとインドア派。飲み食い好きな共通点はあるものの、一緒に食べ歩きを楽しむ感じでもないんですよね。気配を感じるくらいの距離感で、お互いがそれぞれ好きなことをしつつ、ときどきは一緒に行動するくらいがちょうどいい。必要とあらば手を貸す。私たちの理想形は“いい相棒になること”だと気づいたのです」
子どもが独立してからの夫婦二人暮らしに不安を持っている人は意外なほど多く、友人知人からの反響も大きかったようだ。
「同世代のお母さんたちが口々に言うんです。『熟年離婚をしたいわけではない。でも、今のまま二人だけで暮らしていくのは不安だ』と。不安の原因は、夫と二人だけの生活が想像ができないことからくるのだと思うんですよね。でもこの本を読み、子育て中の『大変』も『楽しい』もふり幅マックスの生活もいいけれど、夫と二人の凪のような生活も悪くない。夫婦が一緒にやっていく事例を見ることができ、夫との付き合い方がわかった気がします! とうれしい言葉をいただきました」
家事シェアは、どちらかに何かあったときの〝転ばぬ先の杖〟。
上田さんの著書には「家事シェア」についても書かれている。家事シェアをしたい理由は、夫と妻のどちらかがケガや病気をしても、もう一人がフォローできる状態を作っておくため。60歳前後の夫婦にとって、家族の一大事はいつ起こってもおかしくなく、今から準備しておくべきだという。
「わが家の夫は、まったく家事をしない人でした。でも、炊事をしないのは、独りよがりなキッチンを作っていた私にも原因が……。引っ越し後、二人に使いやすいキッチンにしたことで、『朝ごはんは僕が作るよ』と夫のほうから言い出してくれて。
わが家の場合は引っ越しが夫の家事参加のきっかけになりましたが、引っ越しをしなくても環境は変えられます。妻の城だったキッチンを二人のキッチンにする。子ども部屋を夫や妻の趣味部屋にするなど、“今の自分たち”が使いやすいような住まいのマイナーチェンジが必要なのでは。人って考え方だけを変えるのは難しいから、形を変えることから始めるのもアリだと思うんです」
上田さんが提案する「家事シェアをするための心構え」にもハッとさせられた読者は多い。それが「まかせたら、目をつぶる」「手伝いではなく、その仕事のすべてをまかせる」。
「実は、息子から教えられたことなんです。就職前の暇な息子に家事全般を託したところ『自分なりの方法でやらせてほしい』と。ミッションを伝えたら、あれこれ口を出さない。でないと、せっかくのやる気を削いでしまいますから。目から鱗が落ちました」
著書にちょいちょい出てくる夫の本音も共感を得ている。
「引っ越しの時期は僕にとっては最悪のタイミング。こんな忙しいときに『この女、何を言い出すんだ』と。でも、彼女が言った『お互いの基地を作ろう!』という言葉にグッときたのね。こちらの居場所も考えてくれてるんだって。本に『妻と朝から晩まで顔を突き合わせるのは、楽しみ3割、未知との遭遇の不安7割』と書きましたが、あれから半年経った今も未知との遭遇の不安は7割。毎日が発見です!」と、夫の恭弘さん。
お互いが快適に暮らすために必要なことは、これからも変わるかもしれない。でも、そのときには、またお互いのトリセツを更新していけばいい。
『クロワッサン』1097号より
広告