『母という呪縛 娘という牢獄』著者、齊藤 彩さんインタビュー。「母を悲しませたくない娘の思いが分かるんです」
撮影・中村ナリコ 文・遠藤 薫(編集部)
「母を悲しませたくない娘の思いが分かるんです」
〈モンスターを倒した。これで一安心だ〉犯行直後の髙崎あかり(仮名)のツイートは、今もネット空間に残されたままだ。
2018年に発生し、世間を震撼させた事件がある。滋賀県内の河川敷で、中年女性の切断された胴体が見つかった。
被害者は58歳の女性、髙崎妙子(仮名)。ほどなく、同居していた実の娘・あかり(当時31歳)が死体遺棄の疑いで逮捕された。話題になったのは、あかりが医学部受験のために9年間もの浪人生活を送っていたことだ。
当初あかりは殺人罪については否認を続けていたが、二審で罪を認める陳述書を提出。刑は懲役10年で確定し、現在服役中だ。
齊藤彩さんは共同通信の司法記者としてこの事件に注目、公判を取材し続けた。拘置所であかりとの面会を重ね、刑務所に移送後も多くの書簡をやりとりし、一冊のノンフィクションとして上梓した。
「刑事事件を取材する機会が多い中で、被害者の言葉も大事だけど加害者の声も聞きたい。そうすることで事件の背景に踏み込んでみたい、という気持ちがありました」
事件の根源となったのは、妙子があかりに課した目標だ。地元の国立大学の医学部に入学すること。
本書には〈棄権できないレース〉を設定されたあかりが受けてきた、苛烈な虐待の数々が綴られる。
定期試験の成績が振るわないとヤカンの熱湯をかけられる。模試の偏差値が志望校に10足りないと、鉄パイプで10回殴られる。あかりはせめて大学入学後には母のもとから逃げたいと、こっそり遠方の医学部を受験しに行くが、試験日に校門の前でつかまり、試験を受けられず連れ戻される(その絶望感!)。
そしてこの日々のなかで、母娘は毎日必ず一緒に風呂に入るのだ。〈入浴中に、手桶で殴られたこともあった。あかりの左の額には、いまも一・五センチほどの傷が残っている〉
母の歪んだ願い、憎みながらも離れられない娘。
この事件が齊藤さんにとって特別だった理由がある。
「実は私の母も、この事件の母親と似たところがあって。『良かれと思って』子どもにさまざまな助言をするタイプなんです。他人事ではないという感覚がありました」
ふたりの母が生まれ育ったのは高度成長期終盤、女性が社会で活躍しはじめたときだ。その気運のなかで、
「娘の幸せを思い、地位の高い女性になってほしいと願ったであろうことは、実感として推測できます。そして娘がその母の思いを理解し、寄り添いたいと思ったことも」
刑期が終わった時、40代になるあかりに、「取り返しのつかないことをしてしまったけれど、どうかいい人生を歩んでほしいと思う」と齊藤さん。
実はこの本の刊行前に、通信社を辞した。書き手として活動しながら、学生時代から続けているラクロスにも取り組む。自らの心の望むように生きてこそ人生だと、齊藤さんは自著に導かれたのかもしれない。
『クロワッサン』1090号より
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