くらし

ツレヅレハナコさんの家庭料理紀行。宴を愛する高知の伝統文化。うちんくの“皿鉢”と“おきゃく”。

前菜からデザートを一皿に盛る「皿鉢(さわち)料理」は家での宴会の主役。文筆家・ツレヅレハナコさんがその流儀を学びに土佐へ。
  • 撮影・福田喜一 文・ツレヅレハナコ(本文) 構成・松岡真子

●おきゃくの舞台は 漁師町の土佐市宇佐町

高知駅から西へ車で約40分。土佐湾に面し、カツオやウルメイワシ漁で栄えた。鰹節である本枯節の一つ「改良土佐節」発祥の地でもある。今回は遠洋マグロ漁船「太和丸」の網元・籠尾(かごお)家を訪問した。

皿鉢料理は“自由”にみんなでつくるもの。

前菜からデザートを一斉に並べる。中央にあるのが〈組みもの〉でアジの姿寿司、リュウキュウの酢の物、羊羹などを一皿に盛る。

「この県の人たちは、本当にお酒が好きなんだなあ」。高知を旅するたびに、その確信は深まるばかりだった。

現地の友人と居酒屋へ行くと、いつの間にか知らない人が一緒に飲んでいる。その人の詳細はわからないけれど、参加者の誰かの知り合いで呼ばれたらしい。

12畳の座敷をおきゃく仕様にセッティング。

そして、その人数はさらに増えたりもするうえに、誰も気にしていない。驚いている私に友人が言ったのは、「これが高知の〈おきゃく〉文化だよ」。

姿寿司、酢の物…。〈組みもの〉に盛る惣菜リスト。

この地で「おきゃくをする」といえば、「宴会をする」という意味。地域の家庭の座敷に人が集まり、わいわいと豪快に酒を飲むのだ。隣の人が誰かは知らなくても、「さあさあ」と酒を酌み交わす宴。その際、登場するのが「皿鉢料理」で、直径40㎝はあろうかという大きな柄皿に、これでもかといろいろな料理が盛り込まれる。

左が籠尾芳子さん。切り方を指導中。

現代ではその機会も減りつつあるらしいが、今回、土佐市宇佐町の籠尾家で行われる「おきゃく」へ参加する機会に恵まれた。大きなマグロ漁船の船主である先代の宴会では、一族や近所の女性が集まって百人分もの皿鉢料理をこしらえたそう。

右・太刀魚は一口サイズにカットして、醤油とみりんに漬ける。別途、炊いた白米に混ぜて蒸らす。 左・水気を防ぐためにシートを敷く。

御年96歳となる籠尾芳子さんの指揮のもと、皿鉢づくりが始まった。「皿鉢の献立の基本は3皿。カツオをはじめとした刺し身の皿〈生もの〉。さまざまなつまみを盛り合わせた〈組みもの〉。それに、鯛そうめんや炊き込みごはんなどのシメ料理。今日は、それにお汁粉やフルーツポンチもつけましょう」と籠尾さん

右・頭から背開きにしたアジは酢漬けに。 左・アジに酢飯を詰め、形を整える。

「おきゃく」の面白いところは、男性だけでなく女性や子供もともに卓を囲むこと。〈組みもの〉の皿に羊羹までのるのは、女性が途中で席を立たずに済むようにということらしい。

11品が一皿に。

仕込みは前日の買い出しから始まり、家族総出で腕を振るう。柑橘王国・高知ならではの果汁を搾り込んだ酢飯のアジ姿寿司、巻き貝「マイゴ」や「チャンバラ貝」の塩ゆで、海老の含め煮、太刀魚の炊き込みごはん……。

シャキッと食感が特徴のリュウキュウ。

●おきゃくを彩る皿鉢と小皿はどこの家にも常備。

刺し身や鯛そうめん、寿司や煮物がミックスされる〈組みもの〉を盛る皿鉢は、直径約40cm! 伊万里、九谷、有田焼といった磁器が主流だ。平均で2〜3枚は所有する。それぞれの家でこしらえた料理を皿鉢に盛り持ち寄っていたこともあり、裏面には苗字や船名など屋号が記入されている。仕出し店に皿鉢を渡してつくってもらうケースもある。料理を取り分ける小皿も同様。さまざまな柄のものを300枚以上保有する家も。

家庭によって、そろえるメニューや味つけはさまざま。

「好きなようにつくったらいいがよ」と繰り返し言われたのが印象深かった。

皿鉢料理をみんなで囲む。いろんな人と話せるように、席は固定しない。その都度、小皿を持って移動して語らう。冠婚葬祭、節句、新築祝い、神事などあらゆる集まりで「おきゃく」をしている。

合理的なのは、すべてが自家製ではなく買って盛りつけるだけのものも多いこと。かまぼこの生地でゆで卵を巻いた「大丸」は皿鉢料理になくてはならない定番。スーパーでも買えるが、それぞれ贔屓にする専門店もあるそう。「アワコ(魚卵)の煮物」も、煮たものを鮮魚店で売っていて「皿鉢に入れる」と言えば包んでくれる。

塩でシメた鯛を醤油、砂糖、酒を加えて崩れないようにぐつぐつ煮込む。

「料理が足りなくなるのは恥ずかしいことだから、とにかくすべて量は多めに。どれだけの人数が来るかわからなくても、皿鉢なら調整できるでしょう。余ったら持ち帰ってもらったり、残り物で身内だけの小さな宴会をしたり……。翌日までが〈おきゃく〉です」。

1人分に束ねた素麺を敷き詰めた上に鯛の煮付けを置き、錦糸卵、甘く煮付けたしいたけ、すまき(中国・四国地方特有のかまぼこ)をちりばめる。

そして、いざ当日。大座敷では完全に席が決まっているわけではなく、各自が皿や杯を持って自由に移動する。気づけば、かなりの人が増えていて、「やあ、久しぶり」もいれば、「はじめまして」も……。それでも、大人も子供も皆が本当に楽しそうで、料理を食べ、酒を飲み、大いに語らい、家中に笑顔があふれている。

だし汁でいただくのが高知流。

そうか、高知の人はお酒が大好き。でもそれ以上に、人が好きなんだろうな。いつまでも続きそうな宴にほろ酔いで身をゆだねながら、この愉快で素敵な食文化がいつまでも続いてほしいと願うのだった。

\高知県民の/台所を訪問。

赤飯や炊き込みごはんなど弁当も日曜市に並ぶ。

●日曜市
楠の木とフェニックスが揺れる南国情緒満点の追手筋(おうてすじ)で300年以上の歴史を刻む、全長1kgの街路市。旬菜はもちろん、リュウキュウといった地の野菜や特産の柑橘類である直七(なおしち)や仏手柑(ぶっしゅかん)の果汁など。県内各地で丹精込めて育てられた品々を生産者自らが販売。その数はおよそ350店に及ぶ。

高知市追手筋1〜2丁目 営業時間:6時〜15時 休日:1月1日、2日、よさこい開催期間 問い合わせ:高知市商工観光部産業政策課 TEL.088・823 ・9456

●松岡かまぼこ店
昭和29年創業。人気No.1の大天(150円)をはじめ店の奥で揚げられる天ぷら(揚げかまぼこ)は、魚の旨みが凝縮されている。また、看板商品であるかまぼこは土佐沖で獲れたエソが主体。職人が手作業で仕上げたからこその弾力ある食感と、魚が持つ甘みを堪能できる。小板(600円)〜。

高知市帯屋町2・4・3 TEL.088・872・3916 営業時間:8時~18時 休日:1月1〜3日

●土佐黒潮水産
豪快に舞う炎に釘付け! 高知の食と酒を楽しむ屋内市場『ひろめ市場』で営む。初鰹と戻り鰹の時季は1日で500本近くをわら焼きする。名物の生カツオたたきだけでなく、チチコ(鰹の心臓)やチャンバラ貝(巻き貝)、ナガレコ(トコブシ)など皿鉢料理に必要な魚介類も充実。

高知市帯屋町2・3・1 ひろめ市場 TEL.088・873・7198 営業時間:月〜土曜・祝日10時~22時30分、日曜9時〜22時30分 無休
ツレヅレハナコ

ツレヅレハナコ さん

文筆家

食と酒と旅を愛し、定期的に離島や地方を訪ねてその土地のレシピを満喫&追求。著書は『ツレヅレハナコの南の島へ呑みに行こうよ!』『女ひとりの夜つまみ』『まいにち酒ごはん日記』など多数。

『クロワッサン』1084号より

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