●おきゃくの舞台は 漁師町の土佐市宇佐町
ツレヅレハナコさんの家庭料理紀行。宴を愛する高知の伝統文化。うちんくの“皿鉢”と“おきゃく”。
- 撮影・福田喜一 文・ツレヅレハナコ(本文) 構成・松岡真子

皿鉢料理は“自由”にみんなでつくるもの。

「この県の人たちは、本当にお酒が好きなんだなあ」。高知を旅するたびに、その確信は深まるばかりだった。
現地の友人と居酒屋へ行くと、いつの間にか知らない人が一緒に飲んでいる。その人の詳細はわからないけれど、参加者の誰かの知り合いで呼ばれたらしい。

そして、その人数はさらに増えたりもするうえに、誰も気にしていない。驚いている私に友人が言ったのは、「これが高知の〈おきゃく〉文化だよ」。

この地で「おきゃくをする」といえば、「宴会をする」という意味。地域の家庭の座敷に人が集まり、わいわいと豪快に酒を飲むのだ。隣の人が誰かは知らなくても、「さあさあ」と酒を酌み交わす宴。その際、登場するのが「皿鉢料理」で、直径40㎝はあろうかという大きな柄皿に、これでもかといろいろな料理が盛り込まれる。

現代ではその機会も減りつつあるらしいが、今回、土佐市宇佐町の籠尾家で行われる「おきゃく」へ参加する機会に恵まれた。大きなマグロ漁船の船主である先代の宴会では、一族や近所の女性が集まって百人分もの皿鉢料理をこしらえたそう。

御年96歳となる籠尾芳子さんの指揮のもと、皿鉢づくりが始まった。「皿鉢の献立の基本は3皿。カツオをはじめとした刺し身の皿〈生もの〉。さまざまなつまみを盛り合わせた〈組みもの〉。それに、鯛そうめんや炊き込みごはんなどのシメ料理。今日は、それにお汁粉やフルーツポンチもつけましょう」と籠尾さん

「おきゃく」の面白いところは、男性だけでなく女性や子供もともに卓を囲むこと。〈組みもの〉の皿に羊羹までのるのは、女性が途中で席を立たずに済むようにということらしい。

仕込みは前日の買い出しから始まり、家族総出で腕を振るう。柑橘王国・高知ならではの果汁を搾り込んだ酢飯のアジ姿寿司、巻き貝「マイゴ」や「チャンバラ貝」の塩ゆで、海老の含め煮、太刀魚の炊き込みごはん……。

●おきゃくを彩る皿鉢と小皿はどこの家にも常備。

家庭によって、そろえるメニューや味つけはさまざま。
「好きなようにつくったらいいがよ」と繰り返し言われたのが印象深かった。

合理的なのは、すべてが自家製ではなく買って盛りつけるだけのものも多いこと。かまぼこの生地でゆで卵を巻いた「大丸」は皿鉢料理になくてはならない定番。スーパーでも買えるが、それぞれ贔屓にする専門店もあるそう。「アワコ(魚卵)の煮物」も、煮たものを鮮魚店で売っていて「皿鉢に入れる」と言えば包んでくれる。

「料理が足りなくなるのは恥ずかしいことだから、とにかくすべて量は多めに。どれだけの人数が来るかわからなくても、皿鉢なら調整できるでしょう。余ったら持ち帰ってもらったり、残り物で身内だけの小さな宴会をしたり……。翌日までが〈おきゃく〉です」。

そして、いざ当日。大座敷では完全に席が決まっているわけではなく、各自が皿や杯を持って自由に移動する。気づけば、かなりの人が増えていて、「やあ、久しぶり」もいれば、「はじめまして」も……。それでも、大人も子供も皆が本当に楽しそうで、料理を食べ、酒を飲み、大いに語らい、家中に笑顔があふれている。

そうか、高知の人はお酒が大好き。でもそれ以上に、人が好きなんだろうな。いつまでも続きそうな宴にほろ酔いで身をゆだねながら、この愉快で素敵な食文化がいつまでも続いてほしいと願うのだった。
\高知県民の/台所を訪問。

●日曜市
楠の木とフェニックスが揺れる南国情緒満点の追手筋(おうてすじ)で300年以上の歴史を刻む、全長1kgの街路市。旬菜はもちろん、リュウキュウといった地の野菜や特産の柑橘類である直七(なおしち)や仏手柑(ぶっしゅかん)の果汁など。県内各地で丹精込めて育てられた品々を生産者自らが販売。その数はおよそ350店に及ぶ。

高知市追手筋1〜2丁目 営業時間:6時〜15時 休日:1月1日、2日、よさこい開催期間 問い合わせ:高知市商工観光部産業政策課 TEL.088・823 ・9456
●松岡かまぼこ店
昭和29年創業。人気No.1の大天(150円)をはじめ店の奥で揚げられる天ぷら(揚げかまぼこ)は、魚の旨みが凝縮されている。また、看板商品であるかまぼこは土佐沖で獲れたエソが主体。職人が手作業で仕上げたからこその弾力ある食感と、魚が持つ甘みを堪能できる。小板(600円)〜。

●土佐黒潮水産
豪快に舞う炎に釘付け! 高知の食と酒を楽しむ屋内市場『ひろめ市場』で営む。初鰹と戻り鰹の時季は1日で500本近くをわら焼きする。名物の生カツオたたきだけでなく、チチコ(鰹の心臓)やチャンバラ貝(巻き貝)、ナガレコ(トコブシ)など皿鉢料理に必要な魚介類も充実。

『クロワッサン』1084号より

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