くらし

作家、國學院大學客員教授の岩下尚史さんに聞く、「私の好きな東京」。

新陳代謝が、休むことなく繰り返される首都・東京。
話題には事欠かないけれど、最先端ばかりが東京じゃない。
その楽しみ方は人の数だけ。
より深く濃く味わうためにこの地に根を張る岩下尚史さんに「私の好きな東京」を聞いた。
  • 文・長谷川未緒

詩人・折口信夫に憧れ、大学進学のため上京したのが’80年のバブル前夜。

若者を顧客に迎えはじめた当時の渋谷、青山、六本木のブティック、カフェバー、ディスコ、ビストロなどに出入りしては、数々の恋の愉楽に身をゆだねる一方、歌舞伎座や新橋演舞場で明治生まれの名人たちの至芸に耽溺して、銀座界隈の御年寄に可愛がられるなど、夢の中で暮らすような学生生活でした。

大学を卒業して、コネで入社したのは、ゆくりなくも、初代水谷八重子に会いたくて、小学5年生の時に熊本から独りで飛行機に乗り、初めて上京して見物した新橋演舞場であるのは運命と申し上げるほかはなし。

新橋花街を母体として創設された劇場で、先々代の社長に物の言いよう、和装洋装の心得、料理の褒め方、美術の鑑賞ではなく買い方と飾り方、室礼の約束ごと、役者や芸者や銀座のクラブのママのよしあしなど、生きて行く上でまごつかぬように仕込んでくれたのは有り難いこと。ただ、惜しいことには、そうした贅沢な暮らしを送るだけの金を稼ぐことは、教えてはくださいませんでした。

しかし、中村歌右衛門、坂東玉三郎、藤山寛美、杉村春子、山田五十鈴、京マチ子、山本富士子、武原はん、まり千代など、会いたいと念じていた人たちには、すべて会うことができたのも東京のおかげ。

少年の頃から景仰して、未だに会うことの叶わないのは、ユーミンだけであるのだから。ただし、この方に会うのはちょっと怖いので、夢は夢のままにするつもり。

【私の好きなTokyo】

●割烹 新喜楽

日本三大料亭に数えられる名店。「その格式と構えからいっても東京の料理屋を代表するもの。日本美術の名品を背に、風姿嫋嫋(じょうじょう)たる新橋芸妓に膳を供されるときは、首都東京の粋美をひとり占めする心地です」(岩下さん)。現在は紹介制での利用のみ。

東京都中央区築地4・6・7

●青梅市吉川英治記念館

吉川英治の妻・文子さんとも親交があったという岩下さん。「多摩川渓谷の清々しさ、青梅丘陵の美しさに目も心も奪われ、おなじ東京にも別天地があることに驚きました」。

東京都青梅市柚木町1・101・1
TEL.0428・74・9477 
営業時間:10時〜17時(入館は16時30分まで) 月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)休館、臨時休館あり

●ルーサイトギャラリー

台東区柳橋に2001年にオープンした骨董店。「東京といえば江戸の昔より隅田川の流れは欠くべからざるもの。とりわけかつて花柳界が栄えた地に今も残るこの2階桟敷から見下ろす水の色は見飽きのしないものです。蔵前橋や両国橋の夜の姿は、東京の外にどこにもない、一抹の寂寥を感じさせます」。

東京都台東区柳橋1・28・8 
TEL.03・5833・0936 不定休

岩下尚史

岩下尚史 さん (いわした・ひさふみ)

作家、國學院大學客員教授

新橋演舞場に勤め、退社後に著した『芸者論―神々に扮することを忘れた日本人』で和辻哲郎文化賞を受賞。テレビのコメンテーターとしても活躍。

『クロワッサン』1079号より

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