くらし

松重豊さん新連載「たべるノヲト。」第1話を特別公開!

クロワッサン1071号より、俳優・松重豊氏の書き下ろし連載「たべるノヲト。」がスタート! 記念すべきその第1話を全文公開します。

俳優・松重豊さんが紡ぐ、「食の記憶」エッセイ。
イラストは、松重さんと親交の深い作家・あべみちこさん。
記憶に残る料理には、その時代、その瞬間のドラマ、自分の人生
そのものが詰まっている。二人が織りなす奥深い食の世界から、
どうぞご一緒に記憶を辿る旅に出かけましょう。

尻状の顎を持つ二の腕の細いセーラー服を着たビーガン男

マガジンハウスの辻岡さんからエッセイ執筆の依頼を受け、名刺の裏に書かれた出版雑誌名を見て、アニメの「ポパイ」は今どうしているのかとぼんやり考えた。小柄な水兵のポパイと細長ノッポの恋人オリーブ、そして憎めない悪漢ブルートが繰り広げる十五分程のドタバタアニメだ。当時の子供達には「トムとジェリー」と双璧をなす、アメリカの風を感じる夕方の貴重な楽しい時間だった。ポパイは窮地に陥った時にほうれん草を食べることによって爆発的な攻撃力を得るという非常に変わった体質を備えていた。ベジタリアンか、はたまたビーガンか。おまけにそのほうれん草はフレッシュなものではなく缶詰ばかりなのだ。そもそも缶詰のほうれん草というものを、昔も今も見たことが無い! ピンチにはその缶詰を受け取ると手で握りつぶして貪る。その握力たるや恐ろしいが、異常に発達した前腕筋に比べ華奢な二の腕が気にかかる。どこのジムかは知らぬがマシーンの選択に間違いはなかったか。缶詰を握りつぶす程の力が残っているなら十分に敵と戦えそうな気もするが、ここは今ならレトルトパウチのほうれん草が適当ではないだろうか。コンビニの惣菜コーナーにオリーブが急ぎ買いに行けばいい。もしくはOisixのレトルト(有るかも!)を買い溜めして衣服に忍ばせておくというのも手だ。しかし前段の戦いの最中、破れて青汁が漏れ出して白いセーラー服に染みをつくるのは避けたい。いや待てよ、そもそもほうれん草の食べ過ぎはシュウ酸の所為で結石になると聞いたぞ。ポパイ危うし、小松菜にするか。え、小松菜、アメリカにあるか? なんてこと考えていたら、もうひとりの登場人物「ウインピー」を思い出した。「火曜日にはきっと返すからハンバーガー奢ってくれよ」が口癖のちょっとおデブで困った人だ。まだまだ週給制もマクドナルドも身近でなかった時代の話。そういえば「ウインピー」って雑誌、マガジンハウスから出て無いぞ。この連載もそっちの方が良かったんじゃね。もちろん創刊号はハンバーガー特集だろ。

イラスト:あべみちこさん

まつしげ・ゆたか●俳優。1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオを経て、映画・舞台・ドラマで幅広く活躍。小社刊のコミック『きょうの猫村さん』のミニドラマ化(テレビ東京)で主演の猫を演じ話題に。現在『持続可能な恋ですか~父と娘の結婚行進曲~』(TBS系)に出演中。2023年NHK大河ドラマ『どうする家康』に出演予定。

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