『バッグをザックに持ち替えて』著者、唯川 恵さんインタビュー。山がもたらした、大きな転機と新境地。 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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『バッグをザックに持ち替えて』著者、唯川 恵さんインタビュー。山がもたらした、大きな転機と新境地。

ゆいかわ・けい●1955年、金沢生まれ。’02年『肩ごしの恋人』で直木賞、’08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。主な著書に『セシルのもくろみ』『テティスの逆鱗』『逢魔』『淳子のてっぺん』などがある。

撮影・土佐麻理子

直木賞受賞作『肩ごしの恋人』をはじめ、恋愛小説の名手としておなじみの唯川恵さん。が、意外にもその新作は、なんと山エッセイ。

「自分でも想像もしなかった」という思いもよらない転身は、暑さに弱い愛犬のセントバーナード、ルイのために移住した軽井沢に端を発する。初めての新聞小説連載を依頼されたのをきっかけに、浅間山に初登山も、あまりのしんどさに途中下山。その感想は「もう、二度と登らない」。なのにルイが天寿を全うし、その深いペットロスを見かねた夫に誘われて再び挑戦して以来、今では浅間山はホームマウンテン、100回は登った。

「年とると頭を鍛えるためにはやっぱり身体も動かさないとだめだなって思うようになりましたね」

八ヶ岳連峰に谷川岳、涸沢カール……日本百名山の半分近くがある長野県、どんどん山にはまっていく唯川さんの様子と山登りの魅力がさすがの描写力で追体験できる。

山は貴重な出会いももたらした。

「ちょうど小説家として読んでくれる人がいるのかとか自信がなくなり始めた頃で。何を書いていくべきか、必要とされているかどうかもわからなくて。そんな頃に、田部井(淳子)さんに出会えたのは本当に大きな出来事でした」

’75年、女性登山家として世界初のエベレスト登頂を果たした田部井さん。その出会いから、彼女の半生をベースにした山岳小説『淳子のてっぺん』が生まれた。

「小説家としての後半戦の、この先どうなるかわからないような時にあの小説を書けたというのはすごくありがたいことだなと。あんなに力を注ぐことが60歳になってできるとは思わなかったので」

その出会いはさらに新たな山へと導く。還暦を迎えた年にエベレスト街道に挑戦、高山病に苦しみながらも標高5000m級のナンガゾンピークまでを踏破した。

「本当に素晴らしかったですね。景色が想像以上にすごくて、脳がしばらくついていけないほど!」

大雨の富士山に八ヶ岳の難所・地蔵尾根。つらくて怖い登山も多々経験済みだが、「今はもうあまり無理しなくていいかなと。頑張れば登れる山で充分……」。が、次の目標を聞くと、「達成できなかったエベレスト街道のカラパタールでヒマラヤ山脈を見たいし、やっぱり劔岳は登ってみたい。北アルプスももう少し回りたい。尻込みしても年をとるだけなんでなるべく早く。そうね、今年中には!!」

そのための厳しい特訓も覚悟しているとか。そしてまたその山々が、唯川さんを新たな出会いや物語へと誘ってくれるに違いない。

光文社 1,200円

『クロワッサン』976号より

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