夫の定年、子供の巣立ち…人生の第二章に向けた上田淳子さんの家づくり。
撮影・黒川ひろみ、青木和義 文・板倉みきこ
それぞれの居場所づくりにはお互いノータッチ。
元の家主が倉庫にしていた1階は、上田さんのテリトリーに改装した。大きなキッチンを中央に配し、テーブルを3台セッティングすれば15人程度は座れる、広々とした空間だ。新しいレシピを試したり、料理教室を開催したり、親しい仲間の集いの場にもなる。
「『JU LABO』と命名した、私の仕事場であり、いろいろな夢を叶える場所ですね。若い料理家のトライアルの場にしてもらったり、アーティストの個展に使ってもらってもいいんです。今後は、たくさんの人が集まれる場になるといいな、と思っています」
1階には外から直接つながる扉があるので、在宅中の夫に気兼ねすることなく様々な人が出入りできるのも利点。
一方、3階は老舗出版社で文芸の編集者として働く夫のテリトリー。妻同様に人と触れ合うことが多いが、定年を見据えていたので、住み替えは旧居より小さくするイメージを抱いていたそう。でも、夫婦個別のスペースを持つ必要性を上田さんが熱く説明した結果、納得して今に至る。
「互いを尊重しながら話し合い、納得できる着地点を見つけられたのがよかったですね。家のことは独断で実行せず、まずは相談するのが基本。後でもめるのも嫌ですから(笑)」と、夫の恭弘さん。
とはいえ、趣味のウイスキーを楽しむバーカウンターを設置したり、壁一面を本棚にするなど、3階のリフォーム内容に関しては、夫のテリトリーだからと上田さんはほぼノータッチだった。壁の塗り替えや床をフローリングに替える程度の最小限のリフォームにし、建具職人だった先住者の家に対する愛情が感じられるしつらいは極力残したと言う恭弘さん。
「せっかく丁寧に作られているし、家の歴史を引き継ぐというのもリフォームの醍醐味だと思ったので」
それでも印象はずいぶん変わり、現在の和モダンな空間は、恭弘さんの仲間が集うサロンとして機能しそうだ。
人が出入りしやすい、温かな雰囲気を演出。
“今”の自分に合った暮らし方を形にする。
今回のリフォームを振り返ると、夫の定年のタイミングでは二人とも気力も体力も持たなかったかも、と上田さん。
「引っ越しそのものが膨大なエネルギーが必要なことですから、同じことを5年後にはできなかったはず。
今回の住まいは“終の住処”ではなく、夫婦二人の生活を楽しむための家。お互いに前向きな気持ちで進めたのもよかったと思います。
ミニマムにしたのは暮らしの動線や持ち物。この先10年以上経てば、人付き合いや生き方までミニマムにする必要がやってくると思いますが、それを見越して、バリアフリーに変えやすい壁や扉にはしてあります」
上田さんのような住み替えが現実的でないなら、今の家のリフォームや、自分の居場所を確保するだけでもいい。
「これまで、生活の軸が夫や子どもにあった人も多いと思いますが、50〜60代は自分に軸を戻す好機だと思います」
人生100年時代、その時の自分の生き方に合った家を形にしていきたい。
夫の仕事と趣味、全てが詰まった空間。
『クロワッサン』1065号より
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