【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.5】堤人美(料理研究家)「やっぱりお茶って嗜好品。お気に入りのティーバッグを探すことから始めてもいい」
取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ
カレーの仕事をしたとき、スパイスがたくさん余って
かつて「夏の飲みもの」をテーマに記事を作った。夏といえば麦茶が定番だけれど、他にもいいものがあるはず……なんて思いから立案した企画。そのとき堤人美さんが教えてくれた、グリーンルイボスティーに乾燥のレモングラスを加えて飲むお茶が実にさわやかで心地よく、炎暑にただれた心身にしみわたった。もう何度も真似して作っている。堤さん、きっと四季ごとに様々なお茶を楽しんでいるに違いないと踏んで、取材を申し込んだ。
訪ねたのはまだ花冷えの頃、雨の日の午前中。寒かったでしょう、とすぐさまお茶を出してくださる。ティーポットに何やら浮かんでいるが、どこかで見たような……。
堤 ホールのカルダモンを紅茶と一緒に煮出したものです。寒い時期の朝によく飲んでいるんですよ。カレーの仕事をしたとき、スパイスがたくさん余って、アシスタントさんが『先生、紅茶に使っちゃいましょうよ』なんて言って。気に入ったので、もう10年ぐらい飲んでます。
いただいてみれば、気持ちがシャキッとするようなフレイバーが紅茶となんとも相性良し。胃が温まり、寒さにこわばった体がほぐれてくる。鼻から抜ける香りと共に、気分も和らぐ。カルダモンはポットに加える前、叩いて少しつぶしておくのがポイントだそう。
堤 そうしないと香りが出ないんです。300㏄ぐらいの熱湯に紅茶2~3gぐらい、カルダモン2粒ぐらいで淹れています。
キッチンの脇には様々なお茶が入った大きめのボックスがあり、目を引かれる。紅茶に緑茶、中国茶。チャイもあれば、凍頂烏龍茶にベルガモットを加えたなんてティーバッグも。「お茶全般の香りがとても好き」と笑顔で言われる。お茶を淹れて飲むのは、日課ですか。
堤 毎食後、何かしら飲みたくなりますね。そうするとことですっきりとして、気持ちもホッとするから。三時のおやつのときにも淹れます。
自分で淹れてみても、父のようにおいしいお煎茶にならない
堤さん、実はお茶の家に育った人である。といっても茶道ではなく、父親の職業が煎茶の仲買人なのだった。
堤 ずっとお茶といえばお煎茶で。新茶の時期になると、いろいろなところのお茶を父が淹れてくれるんです。「きれいな色だろう?」なんて言って。でも小さい頃は「渋ッ!」とか思ってましたけどね(笑)。
夏でも煎茶を飲む家で、麦茶を自宅で飲んだことがなかった。
堤 世の中にお煎茶以外のお茶があること、中学生ぐらいのときに、友達の家ではじめて知りました。
親に連れられて行った飲食店で出てきたお茶にも驚いた。いつものと全然違う……こんなのお茶じゃない、なんて思ったとも正直に教えてくれる。「ふふふ、いやな子どもでしたねえ(笑)」と笑うが、しかしそのぐらい、父親の選ぶお茶は上質で、また淹れる名人でもあったのだった。
堤 ひとり暮らしをはじめたのが23歳ぐらいのとき。自分で淹れてみても、父のようにおいしいお煎茶にならない。実際に教わってもダメ。やっぱりセンスなんですね、これは。
こちらもどうぞ、と出してくれたお茶から香ばしい湯気が立つ。堤さんのご実家で定番だったという番茶だった。番茶といってもいろいろあるが、堤さんちのは「お煎茶のちょっと質が落ちたものを、父が炒ってくれたもの」のこと。
「これがね、大好きなんです」という声に実感がこもっていた。
堤 本当にいい香り、アロマって感じです。でも父はもうヨボヨボだから、作業しているのが心配で(笑)。いつかこれが飲めなくなるのかと思うと、正直どうしよう……って思ってしまうんです。
父親が淹れてくれた煎茶、そしてお手製の番茶は自分の中で「聖域」みたいなところにあるもの、という言葉が心に残る。毎日欠かさず飲んでいるというその番茶。ひと息つくために飲んでいるというより、堤さんにとっては「命の水」的な存在のようにも感じられた。
ジャムやシロップを作る感覚と一緒
さて堤さん、年中飲む定番茶のほか、季節ごとに楽しむお茶ってやっぱり、あるものでしょうか。
堤 お正月は大福茶(※)をいただきますね。これは結んだ昆布と小梅を入れていただくのが決まりです。花見の時期にお料理を作るイベントなどがあれば桜茶を出すことも。
※おおぶくちゃ:京都で正月に飲まれる縁起もののお茶。家によってほうじ茶だったり玄米茶だったりといろいろ
夏には先に挙げた「グリーンルイボス×レモングラス」他、数種を楽しむ。
堤 台湾のジャスミン茶を常温で飲むことも。暑いときでも常温で飲むのが好きなんです、冷たく飲みたい人には氷をお出しして。あと、冬の間にあれこれ買った紅茶をブレンドするのが好きなんですよ。フレッシュミントを足してから冷たくして、レモンスライスを添えて飲むのもいいですね。
秋口からは紅茶にレモングラスとしょうがなど、体を温める素材を加えることも。レモングラスは「苦みを出さずにレモンの香りを加えられる」のがいい。
堤 紅茶に何かを加えるのって、私にとってはジャムやシロップを作る感覚と一緒なんです。スパイスや、あるいはラム酒などを風味付けで足すような。うちのアシスタントさんたち、みんな慣れてくるとシナモンやら自由にあれこれ紅茶に加えて楽しんでますよ。
うちにも使いかけのスパイスやハーブがたくさんある。ストレートティーへ自由に加えて、楽しんでみようかな。そして堤さん、現在は韓国のお茶にも興味を持ち始めているとのこと。
堤 ちょっと前に韓国へ宮廷菓子を習いに行ったんですけど、サンファ茶というお茶を知りました。漢方(韓方)茶的なもの。もっと韓国のお茶のこと、いろいろ知りたいんです。
お茶への興味は尽きない堤さん。現在日本で、お茶を自宅で淹れて飲む人が少なくなっている状況を、どう思われているだろう。
堤 みなさん忙しいから、なかなかね……。だから、お茶を家でもと思われる方は、お気に入りのティーバッグを探してみるからでもいいのでは。そしてやっぱりお茶って嗜好品です。ある意味、お酒と似ている。お煎茶でいったら、すごくおいしいものと、一般的なものはシャンパーニュとデイリーワインぐらいの差がありますし、値段もそのぐらい違ってしまうもの。
最上のお茶はシャンパーニュぐらい価値のあるもの、ということを多くの人に知ってもらいたい、と続けられた。
堤 そのためにはどうしたらいいのかって、よく考えるんです。ずっとお茶を飲んで育ってきましたからね。
料理の楽しさ面白さ、奥深さを伝えるのと同時に、日本のお茶のよさ、その真の価値も伝えていきたい――堤さんの思いに、熱く切実なものを感じながら、貴重な「堤さんちの番茶」のおかわりを味わった。