高齢の親が認知症や介護状態になる前に、何を話し合っておくべき?
イラストレーション・鈴木衣津子 文・阿部祐子
Q1.実家で暮らす親ももう80代。 介護や認知症も人ごとではない年齢になってきました。 これからについて親と話し合っておきたいのですが、どんなふうに切り出すのがいいでしょうか。
「高齢の親御さんについての相談を受ける際、その年齢が90代、100歳前後という場合も珍しくなくなりました」と語るのはファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さん。
「つまり、親が今80代でも、これから先20年の老後が続くことも充分考えられます。そして通常、長生きとともに健康面をはじめとした『困りごと』は増えていきます」
長生きすればするほど、生活に支援が必要になり、認知症を患う確率も高まってくる。だからこそ、長い老後を見据えて、家族で事前に話し合っておくことは不可欠だ。とはいえ、言い出しづらいのも事実。
「親の老後の話をするとき、最大のポイントは、『親ファースト(親のため)』の姿勢を貫くこと。そのなかでも特に、最初のコミュニケーションを間違わないことです」
内藤さんは、「お父さん、お母さんに幸せに暮らしてほしい。できることがあればサポートしたいから、希望を教えてほしい」という姿勢が、子どもからのコミュニケーションのスタートラインだと語る。
「最悪なのは、何から話していいかわからず、相続や遺産の話を始めてしまうこと。親の身になってみれば、いくら親子でも、たまに会った子どもからいきなりそんな話をされたら、不信感を持ち、感情的にこじれてしまうこともあります」
「親ファースト」のコミュニケーションには、無駄な動きをしないですむメリットがある。例えば親の希望が「できるだけ実家に住み続けたい」のであれば、子ども側もそれに合わせた情報収集をし、支援をしていけばいい。
ところで、兄弟姉妹がいる場合、こうしたことは単独で行わず、事前の根回しが重要。
「勝手にやっていると思われないように、また誰か一人が背負うことにならないように、足並みをそろえることが大切。協力してくれない場合でも、情報を遮断してしまわず、『こういう話をしようと思う』と耳には入れておきましょう」
元気な人が早く亡くなってしまう、病気がちの人が長生きすることもあるように、人の寿命はわからない。
「ただ、親の健康、家のこと、お金のことは、長期にわたる『困りごと』になる場合もあります。兄弟姉妹という横のつながりも重視しながら、家族で支援していくのが理想形です」
Q2.親が介護施設に長期入所中。 空き家になっている実家の今後について、知っておくべきことは?
このケースでは、実家が親名義の持ち家の場合、将来起きる相続も含めて考えておくべきだろう。
相続税には「小規模宅地等の特例」があり、親が介護施設入所中も対象。配偶者や同居親族が自宅の土地を取得した際には、相続税が最大で80%の大幅減額となる場合も。
親と同居していない親族が相続した場合にも、「持ち家がない」など複数の条件を満たせば特例が使えるケースもある。少し複雑になるが、特に地価の高い都市部に実家がある場合は、誰が実家を相続するか、その場合、特例の条件にあてはまるかどうかは、念のため調べておこう。
親が不在の間のテクニカルな空き家管理は、空き家管理サービスの利用が現実的だ。
「今は、有料の空き家管理サービスが数多くあります。警備会社の場合はセキュリティ重視、管理や賃貸などの運用までカバーするなら不動産管理会社、費用をおさえたいならNPO法人など、ニーズに応じて選ぶことができます」
Q3.最近、親の物忘れが多くて不安。 親が認知症になる前にしておくべきことはありますか?
認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる認知症。親が認知症を発症すると、思わぬ「お金の困りごと」に直面することがある。
「口座名義人が亡くなった場合、銀行はトラブル回避のために口座を凍結します。実はそれだけではなく、窓口のやりとりなどで認知能力が疑われる場合も、その人の口座を凍結することができるのです」
本人保護の観点からはやむをえない面もあるが、近年、口座が凍結されて振り込まれた年金を引き出せず、医療費や生活費を家族が払わなければならないケースが急増している。
こうした問題を受けて全国銀行協会は2021年2月、条件付きで親族などが預金を引き出すことを認める見解を発表し、柔軟な対応を全国の銀行に促している。
「親が認知症になっても財産管理できる方法の一つが任意後見制度です」
判断能力が不充分な人々を法的に保護し、支援する「成年後見制度」。
その中の「任意後見制度」では、判断能力が低下したときに自分に代わって契約行為などを行う「任意後見人」を選び、行ってもらう内容を含めて契約しておくことができる。
その内容は、財産管理、法律行為(契約行為)の代理、身上監護(しんじょうかんご)(生活、治療、療養、介護などに関する法律行為)だ。
これと似た「家族信託」は、家族の中から「受託者」を選んで財産管理を任せる契約で、契約締結後に効力が発生する。
両者の主な違いは、任意後見人は本人の全財産を管理し、合理的な理由なく財産を処分する権限は与えられていない。それに対して家族信託では、受託者は契約で決めた財産だけを管理し、資産の売却、運用も可能だ。一方で身上監護は行えないため、任意後見制度と家族信託を併用するケースも多い。
「本人が判断能力を失った後には、裁判所に申し立てて『法定後見制度』を使うことで財産管理はできますが、親に判断能力があるうちに、本人の意思で後見人や受託者を選び、契約しておくのがおすすめです」
\任意後見制度と家族信託の違い。/
●任意後見制度とは
本人に充分な判断能力があるうちに「任意後見受任者」(のちの「任意後見人」)を選び、契約内容を公正証書として法務局に登記する。
本人の判断能力が低下した際には、任意後見受任者は家庭裁判所に、自分の仕事を監督する「任意後見監督人」の選出を申し立てする。任意後見監督人が選ばれて初めて、任意後見が開始される。
[メリット]
任意後見受任者には親族、専門家など、本人が信頼できる人を選べる。契約内容も法の範囲内で幅広く決めることができ、自分の意思や希望も伝えることもできる。
[デメリット]
本人の死亡と同時に契約が終了するため、任意後見人ができるのは生存中の財産管理のみ。遺産管理なども依頼する場合、別に「死後事務委任契約」を結んでおく。
●家族信託とは
本人の判断能力があるうちに、家族から選んだ受託者との間で資産の管理や運用、処分などを任せる「家族信託契約」を締結。
任意後見の場合とは異なり、契約締結後にすぐ効力が発生し、契約した財産は受託者の名義となる。受託者は財産の管理や運用に関する権限と義務を持ち、運用や借り入れも行うことができる。
[メリット]
家庭裁判所の監督を受ける任意後見人に比べて、相続対策などもふまえた自由度の高い管理が可能。親が元気なうちは、その希望を聞きながら資産管理することもできる。
[デメリット]
受託者には、入退院や高齢者施設の契約といった身上監護を代行する権限がない。また信託財産の名義が受託者のものになるため、心理的抵抗を感じる高齢者もいる。
『クロワッサン』1062号より