暮らしに役立つ、知恵がある。

 

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奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。

江戸の暮らしや風俗に触れながら、あははと笑える身近な古典芸能。知るほどに味わい深い落語の世界へようこそ。

撮影・青木和義、黒川ひろみ(寄席) 文・黒澤 彩 イラストレーション・村上テツヤ 撮影協力・新宿末廣亭 参考文献・『はじめて読む古典落語百選』林家たい平(リベラル社) 友情出演・ふなっしー

おすすめ(三)日照権

心に残る名人:
五代目 春風亭柳昇(しゅんぷうてい・りゅうしょう)
現代の生活をテーマに多くの新作落語を創作。

奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。
奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。

〈あらすじ〉
町内の住民たちが、町内会長に呼ばれ、集まった。なんでも、ある地主が14階建てのマンションを建てることになったという。

「そんなものができたらわが町内に日が当たらなくなってしまう。どうしたらいいか、名案はないだろうか」と住民たちに問いかけるも、「私は夜勤ですから、眩しくなくてありがたい」「太陽がマンションの向こうを通るから日が当たらなくなるんで、太陽に真上にきてもらったらどうでしょう」「向こうが14階建てなら、こっちは34階建てにすればいい」といった具合で埒があかない。そこで、魚屋が町内会を代表して地主のところへ交渉に行くことに。

地主を訪ねると、いきなり「お宅のようないい魚屋さんがご近所にあってうちは幸せ。家内もお宅の魚は日本一で世界一と言ってます」などと持ち上げられ、まんざらでもない気分に。マンションの件を持ち出すと、すでにたくさんの申し込みがあって、もう半分以上埋まっているという。

「お宅のお店は忙しくなりますよ」「え? そうなんですか?」「そりゃ200人くらい入るんですから。ご近所に魚屋さんはお宅しかないでしょう? 私に感謝してくださいよ」「ありがとうございます」と話をすり替えられた挙句、そうなると今の店では手狭だから店を広げて、住まいはマンションに移すよう提案される。

町内会長のところへ報告に行き、「交渉はどうなりました?」「ええ、マンションに入ることになりました」

〈解説〉庶民の暮らしを描いているのは江戸も現代も同じ。

落語ではよく長屋が舞台になりますが、横並びの長屋を縦にしたのが現代のマンション。縦になったことで、昔はなかった日照権という新しいテーマが出てきたのを、落語に仕立てた噺です。

いわゆる新作ですが、古典とか新作という分類は本来評論家が作ったもので、演じる側にとっては同じ落語。柳昇師匠は、こういう庶民の暮らしに目をつけ、そこから生まれる面白さをすくい取る名人でした。師匠が演じるとぼけたキャラクターの味が最高です。

\社会風刺かと思えば ちゃんと落語になってる。/
\社会風刺かと思えば ちゃんと落語になってる。/

おすすめ(四)鰻のたいこ

心に残る名人:
八代目 橘家圓蔵(たちばなや・えんぞう)

テレビ、ラジオでも活躍し、一時代を築いた人気落語家。

奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。
奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。

〈あらすじ〉
酒の席などで芸をしてお客を楽しませる、たいこ持ちという仕事があった。

仕事が少なく滅多にお座敷に呼んでもらえない、とあるたいこ持ちが、知り合いでも見かけたらご馳走になろうと考えながら道を歩いていた。すると向こうからなんとなく見覚えのある男が歩いてくる。

誰だったか思い出せないが、「どうも旦那、お久しぶりでございます」などと知り合いのふりをして、昼食をご馳走してくれるように頼むと、「せっかくだから鰻でも食っていこう」と路地裏の鰻屋に連れて行かれた。

2階の座敷に通され、見るもの、出されるものにお世辞を言いながら鰻と酒をいただいていると、相手の男が憚りに行くと言って席を立った。しばらく経っても戻ってこないので「憚りにお迎えに上がろう」と行ってみると、男がいない。女中に聞くと、もう帰ったという。

てっきり勘定を済ませて帰ったのかと思えば、「自分はお供だから、羽織を着た旦那からもらってくれと言われました」と女中。すっかり騙されたことに気づいたたいこ持ち。文句を言いながらも仕方なく払おうと勘定を見ると、やけに高い。なんと男はお土産まで持って帰っていた。

がっかりして帰ろうとすると、自分の上等な下駄が見当たらない。「下駄は?」「あれはお連れさんが履いていかれました」「じゃあ、草履があるだろう」「あれは紙に包んで持って帰られました」「冗談じゃない!」

〈解説〉可笑しくて悲しい。 たいこ持ちの悲哀を見事に表現。

今はたいこ持ちという職業がないので想像するしかないものの、圓蔵師匠のたいこ持ちを見ていると、どんな仕事だったかよく分かります。そのくらい見事に演じ切っているんですね。師匠自身が「たいこ持ちになりたかった」と言っていたくらいなので、思い入れが滲み出ています。明るくて人気者だった師匠ですが、その芸には可笑しみと同時に悲哀がある。チャップリンのような、芸人のペーソスを感じさせてくれる噺家さんでもありました。

\鰻に蕎麦に酒。お腹が 空く噺も多いんですよ。/
\鰻に蕎麦に酒。お腹が 空く噺も多いんですよ。/

おすすめ(五)お見立て

心に残る名人:
三代目 古今亭志ん朝(ここんてい・しんちょう)

五代目古今亭志ん生の次男。東京を代表する落語家。

奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。
奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。

〈あらすじ〉
遊びの本場、吉原では、行き交う客に格子戸越しに遊女の品定めをさせ、店の者が「よろしいのをお見立て願います」と言って客引きしていた。

客の一人、田舎者の杢兵衛は、喜瀬川花魁に首ったけ。でも喜瀬川のほうは杢兵衛(もくべえ)が嫌でたまらない。

ある夜、杢兵衛が来ると、喜瀬川は店の喜助に留守だと言わせて追い返そうとする。「風邪をこじらせて入院していると言っておくれよ」。喜助がそう伝えると、杢兵衛はお見舞いに行くと言いだした。「じゃあ、杢兵衛への恋煩いで死んだってことにするんだよ」と喜瀬川。喜助が杢兵衛に「なんとも言いにくいことですが、喜瀬川花魁はお亡くなりになったんでございます。杢兵衛さんがこの頃いらっしゃらないので、飯も喉を通らず、弱って亡くなったのです」。

すると杢兵衛は墓参りに行くと言いだした。「誰の墓でもいいからお参りさせればいいじゃないか。花で墓石を囲めばわかりゃしないよ」と喜瀬川。喜助はしぶしぶ、杢兵衛を連れて墓参りに。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、俺は生涯独り身でいるから、安心して成仏しろよ。えーっと、戒名が暗蒙養空信士。こりゃ男の墓でねえか」「すみません間違えました。この隣です」「なんだ隣か。喜遊童子? 子どもの墓でねえか」「間違えました。こっちです」「陸軍上等兵……馬鹿野郎! いったい喜瀬川の墓はどれだ」「こんなにたくさんございますので、よろしいのをお見立て願います」

〈解説〉今でも共感できる江戸の人間模様を多彩に演じる。

ご本人も江戸っ子で落語一家に育った志ん朝師匠は、私たちに江戸の情景を見せてくれる人。どんな人物を演(や)ってもピタリとはまるのですが、この喜瀬川花魁のように、ちょっと意地悪で色気のある女性役は絶品です。

役作りがしっかりしているので、とても聞きやすくて分かりやすく、みんなが場面を思い浮かべることができます。この噺は江戸の吉原が舞台ですが、“どうにも苦手な人がいる”という人間関係は普遍的なテーマですよね。

\江戸の空気を運んでくれる 志ん朝節をご堪能あれ!/
\江戸の空気を運んでくれる 志ん朝節をご堪能あれ!/

おすすめ(六)つる

心に残る名人:
桂歌丸(かつら・うたまる)

落語界の発展に尽力した。『笑点』の永世名誉司会。

奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。
奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。

〈あらすじ〉
横丁の隠居のところにやってきた八っつぁん。床屋にあった鶴の掛け軸について御隠居にあれこれ質問している。鶴はもともと首長鳥と呼ばれていたと御隠居。

「なんで鶴っていう名前になったんですかねえ」と八っつぁん。御隠居は「昔、一人の白髪の老人が浜辺に立って沖を眺めていると、遥か唐土のほうから一羽の首長鳥のオスがツゥーと飛んできて、浜辺の松の枝にポイッと止まった。あとからメスがルゥーと飛んできて、ツルだよ」といい加減な説明をした。

これを真に受けた八っつぁんは、友だちに聞かせようと話しに行った。「おう、たっちゃん。どういうわけで首長鳥が鶴になったか、聞きたいだろう?」「聞きたくねえよ、俺は今忙しいんだ」「いいからよくお聞きよ。その昔、一人の百八つの老人が浜辺で浣腸をしながら沖を眺めていると、とうもろこしから一羽のオスの首長鳥がツルーッと飛んできて浜辺の松の枝にポイッと止まったんだ。後からメスが……」「後からメスがどうした?」「さよなら」。

八っつぁんは、もう一度御隠居のところに聞きに行ってから友人のところへ戻ってきた。「よくお聞き。昔一人の白髪の老人が浜辺で沖を眺めていると唐土のほうから一羽のオスの首長鳥がツーッと飛んできて浜辺の松の枝にルッと止まったんだよ。後からメスが……うぐぐ」「おいおい、後からメスがなんていって飛んできたんだい?」「黙って飛んできた」

〈解説〉 〝おうむ返し〟は落語の基本のき。 単純だから難しい。

口伝えで教わって、それを聞き違えて失敗するという“おうむ返し”の噺はけっこう多くて、落語の基本でもあります。その最たるものが「つる」。

12〜13分と短いので、寄席などで一度は出合うでしょう。短い中に落語の魅力が詰まっていて、演るのは意外と難しい。歌丸師匠がこういう軽妙な噺をさっと演って帰っていくのが、すごく格好よかったです。単純な噺を最後まで聞かせる力を見せてくれた師匠。後年まで落語愛が止まらない人でした。

\師匠、次はお悩み相談なっしー。/(by ふなっしー)
\師匠、次はお悩み相談なっしー。/(by ふなっしー)
  • 林家たい平

    林家たい平 さん (はやしや・たいへい)

    落語家

    武蔵野美術大学在学中に落語と出合い、林家こん平に入門。『笑点』をはじめ、テレビ、ラジオ、落語会で活躍中。本誌連載も絶好調!

『クロワッサン』1054号より

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