映画『フェアウェル』余命わずかな祖母に、親族が伝えた思いとは。
文・永 千絵
幼いころ両親とN.Y.に移住したビリーは遠い中国長春に暮らす祖母ナイナイが大好きだ。電話のやりとりから大事な孫娘を思うナイナイの気持ちも伝わってくる。そんなナイナイがガンで余命三カ月という知らせが届くのだが、両親と親族がナイナイに病名と余命を伏せると決めたことがビリーには納得できない。そしてビリーのいとこの結婚式という名目で、親族一同が久々に長春に集まることに……。
身内の死がテーマなのに、なんともほのぼのと優しい映画なのだ。思わずくすっと笑えるし、身内を思う気持ちに胸も熱くなる。登場人物はみんなナイナイのためを思って行動する。親族の集まりにはつきものの、嫁姑や移住をめぐるひと悶着などもありながら、せめてナイナイに最期の日々を心穏やかにすごしてほしい、と願う気持ちに変わりはない。
わたしにも似たような経験がある。ガンだった母は、医者の〝余命宣告〟より長く生きた。医者としては、長めに言うより短めにと思ったのか、周囲は逆に戸惑ったものだ。その経験からか、父は「ぼくは知りたくないから言わないで」と言った。本人が意思表示をしてくれればよいが、そうでないと、周囲の人間はお互いを気遣い、思いやり、よけいな心労を重ねてしまうことになる。
残された時間を当人に伝えるべき、と主張するアメリカ育ちのビリーに「西洋では個人の命はその人のもの。東洋では、命は全体の一部、家族や社会のものなのだ」と伯父さんが諭す場面がある。「あ、ほんとにそう」と日本人のわたしは思わず深くうなずいてしまった。けれど一方で、教えたほうが当人のためかも、という迷いも最後まで消えずに残る。
大事な祖母を思うビリーの心の揺れは世代も民族も超えて、こちらにまっすぐ伝わってくる。これはルル・ワン監督の実体験の映画化、ビリー役好演のオークワフィナの、ちょっと哀しげなふくれっつらも愛おしい。(文・永 千絵)
『フェアウェル』
監督、脚本:ルル・ワン 出演:オークワフィナ、ツィ・マー、ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェンほか 10月2日より東京・TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開。
永 千絵(えい・ちえ)
1959年、東京生まれ。映画エッセイスト。現在、カード情報誌での連載をはじめ、本誌等で映画評を執筆する。
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『クロワッサン』1030号より