くらし

【紫原明子のお悩み相談】同僚の愚痴が止まりません。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが、読者のお悩みに答える連載。今回は同僚の愚痴にうんざりしている女性からの相談です。

<お悩み>

同僚に私と同じシングルマザーで子どもも同年代の女性がいます。彼女は数年前に離婚していて、同じシングルマザーのよしみなのかよく話しかけてきます。離婚から数年たつ今でも毎日のように元夫さんと元姑さんの愚痴を言います。他の話題でも愚痴やネガティブなものが多いので「別れられてよかったよね」とか「こういう風にしたらどうかな」などいい方を向くような返答をしているつもりですが、愚痴る人あるあるで「でもね…」と返されまた愚痴が続き、不毛な会話に思えていらっとします。 喋っていても特に咎められない職場でほとんど二人で過ごすのに疲れて、私が出勤する回数を少し減らしました。他人は変えられないのだから距離をおくのがいいと思う一方で、少しは建設的に会話したいのにとも思ってしまいます。

(とんちゃん/パート勤務のアラフィフです。夫と死別、大学生の子どもがいます。)

紫原明子さんの回答

とんちゃんさんこんにちは。会社に困った同僚がいらっしゃるんですね。
とんちゃんさんがせっかく前向きな意識の転換を促しても一向に愚痴が止まらないという彼女。自分がいかに不遇かを滾々と語って一体そこにどんな得があるのかと思ってしまいますが、可哀想に彼女は、そんな風に自分の不幸を語り聞かせる以外に、人生の主人公になる方法を知らないんでしょう。

とんちゃんさんもはじめのうち、きっとそんな彼女を不憫に思い、根気強く愚痴に付き合ってあげていたのでしょう。痛みを分かち合おうと耳を傾け、もうそろそろいいだろうというとなれば今度は、不幸になる以外にも主人公になる方法はあるよと伝えるべく、前向きな意識転換を提案。

ところがそんなとんちゃんさんの親切が、彼女には全く響いていないんですね。これには理由があります。彼女は残念ながらとんちゃんさんを生身の人間だと思っていません。言ってみれば、ただの壁だと思っているんです。一見キャッチボールに見える会話は、彼女にとって壁打ちなのです。とんちゃんさんからどんなボールが投げ返されようと、彼女には壁に跳ね返って地面に落ちたボールにしか見えず、だからそこに何か意味があるなどという発想そのものに至りません。

そりゃ不毛だと思いますよね。とんちゃんさんは、なんとか彼女の人生から苦しみが取り除かれ、前を向いて生きることができるようにと考えているにも関わらず、彼女の方はそんなことお構いなしにとんちゃんさんに好きなようにボールを投げつけ、気持ちよくなって帰っていくわけですから。これじゃあ腹も立ちます。同じシングルマザーという境遇から、いつまで過去に囚われてるの? と言いたくなることもあるでしょう。

彼女に必要なことは、やはり何をおいても“目の前にいるのは人間だ”と思い出してもらうことです。目の前の人を壁だと認識し続ける限り彼女だって孤独です。あなたはそんな無機質なものに囲まれているわけではないよ、ということを思い出してもらうためにも、やや荒療治ではありますがちょっと彼女のグローブにズシッと沈み込むくらいの、強烈な一球を投げ返しましょう。

具体的に、もしまた愚痴を聞かされた際には、まずはこんな風に答えてあげましょう。

「うわぁ、そんな地獄みたいな不幸が世の中にはあるんだ……」(眉をひそめ、半ば言葉を失った表情で)
「神様ってあなたの周りにだけいないのかな……」(哀れみの表情を浮かべながら)
「こんな悲惨な話、生まれて初めて聞いた……」(顔をひきつらせながら)

ここで大切なことは、彼女の語る不幸を決して励まさず、救いを探さず、ただ彼女の語るままのとんでもない不幸として受け止めてあげることです。自分で語ることですからこれは間違っても嫌がらせでなく正真正銘の受容ですが、そうするとおそらく彼女のほうは、自分で語っておきながら、なぜか多少カチンとくるはずです。カチンときつつも最初は「ん?聞き間違いかな……?」とスルーして語り続けるでしょう。そこでとんちゃんさんが止めずになお一層哀れみをたたみかけるといずれ聞き間違いではないことが伝わる。で、やっぱり見下し続けることでついに彼女の耳に、とんちゃんさんの言葉が届きます。なにせ同じ境遇の仲間だと思っていたとんちゃんさん、転じて「壁」だと思っていたとんちゃんさんが、突如一歩高みに立ち、巨人のように上から目線で不幸な自分を見下しているのです。

そうしたら今度はとんちゃんさんのターン。間髪入れずに「それに比べたら私って本当に幸せだわ」と、ご自身がいかに幸福で恵まれているかを、ときに満面の笑みで、ときに多少わざとらしく謙遜しながら、雄弁に語りましょう。彼女の不幸話を踏み台に、家族のことや仕事のこと、思いつく限りのトピックで幸せマウンティングをかましてやるのです。(このように嫌味な振る舞いというのは心優しいとんちゃんさんには最初のうち非常に難しいことかもしれませんが、やってるうちにすぐに慣れますのでご安心ください)

なんでそんな非人道的なことをやるのかとお思いかもしれませんが、同僚の彼女相手にはこれこそが真の優しさ、真の愛、真の友情であると私は思います。なぜならここで彼女の方に少しでもプライドがあれば、「そうはいっても」と、自分が決して不幸なだけの人間ではないと証明できる何らかの材料を、意地でも探してくるはずだからです。もしそれが過去になければ、未来に探そうとするかもしれません。で、こうなったらしめたものです。それまでの単調なキャッチボール(彼女にとっては壁打ち)は、勝敗を伴うシビアなマウンティングゲームへと趣を変えました。これによって彼女は、不幸な自分を脱し、幸せな自分を見つけるべく動き出す動機を手に入れたのです。

他人を変える、他人を動かすというのはたしかにとても難しいことですね。でも、だからといって、人の考えや行動が必ずしも当人の意志だけで決まるかというとそんなこともなくて。外にいる人や環境に、押されたり、引っ張られたり。さながら磁石のN極とS極みたいに、外側から働く力の種類や方向、大きさによって、あっちに動かされたり、こっちに動かされたり。不可抗力のうちに自分のスタンスが決まってしまっている、ということも案外往々にしてあるんですよね。

特に世の大人たちは案外天の邪鬼です。客観的に見て、どう考えても正解だと思われることをそのまま説いたって、むしろどんどん意固地になって、耳を塞いだりする。だからそういうときはまず、間違いでも正解でもない、相手にとって聞き捨てならないことを言ってみるといいと思います。そうやって一度こちらの声を聞いてもらったら、磁石を動かすことをイメージしながら手を変え品を変え、押したり引いたり。そんな中で、反発心でも承認欲でもなんでもいいので、当人の何かしらの原動力を喚起することに成功すれば、自然と人は動き出すはず。

またもし万が一、これによって一時的に憎まれたり、恨まれたりするようなことがあったとしても、そんなことは取るに足らないことです。そうすることが本当にその人のためになると信じてやったことなら、どこまでも胸を張りましょう。もしかしたら十年後、二十年後に、その人が人生を振り返ったとき、あのとき自分はなんて素晴らしいギフトをもらっていたのかと、時を越えて涙を流してくれることがあるかもしれません……ないかもしれません。でも、それでいいじゃないですか。贈られた相手が、すぐには贈られたことに気が付かない、目に見えないプレゼントをできるだけ沢山の人に贈っておく。それだけで、長生きがちょっとだけ楽しくなります。

イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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