「東映作品『五番町夕霧楼』(1963年公開)で田坂具隆(たさかともたか)監督から言われた言葉がいつも私の心にあります。この映画で初めての汚れ役、薄幸のヒロインを演じたのですが、その時に監督が演じる者の心構えとしておっしゃってくださったのが『有志在形(ゆうしざいけい)』。心があれば、それは形になって表れる。逆に心が無ければ何も表現できず、見る者の心を動かすことはできない、という意味です。表現者として、いろいろな役を演じる上で、もっとも大切にしている言葉です」
と同時に、田坂監督からは人に接する思いやりも学んだ。
「監督はエキストラ一人ひとりの名前を憶えていて、シーンの撮影前には、○○さん、と名前で呼んで“ここはこんな気持ちで歩いて”と指導するんです。その一方で、主人公には何もおっしゃらなくて、自由に感じたままを演じさせる。これはすごいことだな、と思いました。名前を憶えてもらっている、ちゃんと見てくれている、と思うと監督の気持ちに応えたいと思いますもの。監督は決して計算でしているわけではなく、どんな端役の人でも、相手を思いやり、きちんと見ていた」
思いやりの心を大切に、と言うのは簡単だが、それを実際に行動に移すのは、なかなか難しい。
「人を尊重する気持ちがなければ、思いやることはできない、と思うんです。監督は人をきちんと認め、そのうえで指導などを行っていた。監督との仕事は厳しかったこともありましたが、演じることの根本を教えてくださった。勉強になることばかり。今も舞台をはじめ、人の人生を演じていますが、『有志在形』を忘れたことはありません。そして、心を動かすような仕事を続けていきたいですね」