くらし

共に過ごすこと十年の秘書が語る、98歳・瀬戸内寂聴さんの生きる指針。

人生の達人中の達人ともいえる、瀬戸内寂聴さん。四六時中傍らにいる秘書・瀬尾まなほさんが見た、寂聴さんの生き方ルールに迫る。
  • 文・保手濱奈美

瀬戸内寂聴(Jakucho Setouchi)
せとうち・じゃくちょう●僧侶、小説家。1963年「夏の終り」で女流文学賞受賞。’73年得度。『笑って生ききる』(中央公論新社)など小説以外の著書も多数。

- 瀬戸内寂聴さんの人生の指針 1 - 情熱的に生きる。

小学生の時に小説家になると決め、20代後半でその思いを実現。著書は400冊以上にものぼる瀬戸内寂聴さんが、人生で最も情熱を注いでいることといえば“書くこと”にほかならず、98歳になった今もそれは変わらない。

「現在、瀬戸内は5つの連載を抱えていて、締め切りが毎日あるような状態。一日中、机に向かっています。ただ、体力的にも衰え、思うように筆が進まないことも。『もうしんどい』『書くのをやめようかな』なんて言うこともありますが、それでも自分が納得できるまで、今でも徹夜をして原稿を仕上げている。執筆に関しては、決して手を抜くことがない。いつでも『書くことは快楽だ』と言っています。『ペンを持ったまま死にたい』とも。これほどまでに情熱を持って仕事をしているからこそ、98歳の今も現役作家として書き続けていられるのでしょう」(「寂庵」秘書・瀬尾まなほさん)

ペンを捨てようかと葛藤もある中で、やはり書くことを選択する。そこまで寂聴さんを執筆へと駆り立てるものとは、一体何なのだろう。

「自分の中でいい小説が書けたという満足の瞬間があり、その快楽を捨てきれない点があると思います。そして担当の編集者に褒められることも、書き続けるうえでのモチベーションに。『おもしろかった』と言われると、本当にうれしそうなんです。また、本の売れ行きも、けっこう気にかけています。『本が売れるなら宣伝でも何でもやるよ』といまだに言っているほど。やはり本が売れることは作家にとっての喜びだと思いますし、それに何より心血を注いで書いた小説をたくさんの人に読んでもらいたいという気持ちが大きい。とくに本がなかなか売れない今の時代に、進んで買ってくださる人がいることは、生きがいになるのだと思います」

また、尽きることのない創作意欲が窺えるこんなエピソードも。

「瀬戸内は、自分で小説を書くのはもちろん、文学の話をするのも好きなんです。なかでも作家さんが相手となると、とても楽しそうに話しているのがよくわかります。以前、田中慎弥さんが寂庵にいらした時に、短編小説よりも短い掌編小説を書いたという話をされたんです。すると瀬戸内はそれに刺激を受けて、『私も書きたい』と文芸誌の『すばる』で掌編小説の連載を始めました(のちに『求愛』として発刊)。才能ある人に触発され、奮起するところは瀬戸内らしいと思います」

- 瀬戸内寂聴さんの人生の指針 2 - 常にだれかを愛する。

不倫や駆け落ちをすることになろうとも、愛に生きることを選び、自らの経験を小説にしてきた寂聴さん。法話などでよく語られるのは、“人を愛することの喜びと大切さ”なのだという。

「だれかを愛し、愛されることは、その人の魅力につながる。恋愛はいくつになっても人を輝かせる、と。瀬戸内は、『何歳だからこれをしたらダメ』という考え方は間違っているとも言います。年齢を重ねたうえでの恋愛は決して恥ずかしいことではなく、むしろ生涯していたほうがいい、と。法話の際の質疑応答は恋愛に関する相談が多く、なかには70代、80代の方もいらっしゃいます。生きることは愛することと、常に言います。だからこそ瀬戸内は愛を大きなテーマとして小説に書き続けているのではないでしょうか」

その愛とは、肉欲の有無にかかわらず。まなほさんは、今も寂聴さんが男性にときめく姿を目にすることがあるそう。

「たとえば元首相の細川護熙(もりひろ)さんのことを、品がよくて素敵だと常々話しているのですが、そんなふうに人として好きな相手と会う時は、いつもより明るくて元気にもなります。直接接点のない方でも、テレビや雑誌を見ていて『この子かわいい』なんてうれしそうにしていることも。瀬戸内は、『いつも誰かにときめく心を忘れずに』とも言っています。瀬戸内が言う“人を愛すること”には、相手と関係を持つのはもちろん、それだけに限らず“いいなと思う人を見つけること”も含まれているのではないでしょうか。たとえば宅配便の配送員さんが素敵で、来る前に口紅を塗り直すとか、そういうちょっとしたことでもいいのだと思います」

また、まなほさんには、愛することに関して寂聴さんに言われた忘れられない言葉がある。
「男性を“かわいそう”と思ったら、それは彼を愛しているということだ、と。放っておけないなど同情にも似た感情だけれど、それが好きっていうことなんだ、と言うのです。瀬戸内は基本的にダメな男性が好きなのでそう言うのかもしれませんが、いずれにしても尽くしたい、支えたいというのが瀬戸内の愛の形。愛情深いんです」

その愛の深さは恋愛だけでなく、普段の人との接し方にも表れている。

「瀬戸内は、恩を仇で返してくるような相手にもやさしいんです。何でそんなに不義理なことができるんだろうとこちらが腹立たしくなり、そんな人は切ってしまえばいいのにと思ってしまいますが、そうはしない。困っている人の声に必ず耳を傾ける。よく『作家は快楽で僧侶の仕事は義務』と言っていますが、単なる義務だとしたら、あんなにたくさんの人の悩みを、一人ひとり聞くことはできないと思うんです。もともと心が広い人なんだろうということは、そばにいてわかります」

- 瀬戸内寂聴さんの人生の指針 3 - 切に生きる。

寂聴さんの人生は、まさに波乱万丈。教師だった夫の教え子と恋に落ち、駆け落ちをして離婚。その後、念願の作家デビュー。しかし、不倫をテーマにした過激な描写が批判を浴びることに。以降も私生活では複雑な恋愛に乱され、51歳で出家した。

「瀬戸内は、自分の思うままに生きてきました。『したいことはしつくした』と言い切るほどに。『これがやりたい』と思ったら、次の瞬間には動いているような人なんです。その時々の気持ちで行動をする。あまり先のことは考えていないのではないでしょうか。考えていたら、できないようなことばかりですから(笑)。でも、だからこそ人生を切り拓いてこられたのだと思います」

こうして先のことより今日を懸命に生きることを、若い頃はただがむしゃらのうちにしていたようだが、今は意識的に大切にしているという。

「40歳近くになった頃でしょうか。経済的にも作家としての地位も安定し、それまで自分が経験してきたことを総括できる余裕ができた時に、『明日のことはわからない。今しかないと思って生きよう』と考えるようになったようです。あとは、やはり出家したことが大きいと思います。また、今回の新型コロナウイルスの件でも、その思いを一層強くしているようです。100年近く生きてきて、まさかこんなことが起こるとは、と言っていました。この状況をどう受け止めたらいいかと聞かれることも多いのですが、今回は瀬戸内も言葉に窮していて……。ただ、いい状況がずっと続かないように、悪い状況も続かない。結果がよくなると信じるしかない、と。そして、未来のことはだれにもわからないから、好きな人には今好きだと伝えましょう、と」

寂聴さんの切なる生き方には、指針となっている言葉もある。

「岡本太郎さんの『迷ったら、失敗する可能性が高い方、自分がダメになる方を選べ。そうするとエネルギーが湧いてくる』という言葉を守っているらしいのです。確かに瀬戸内は、リスクが高い選択肢を取ることがある。たとえば以前、寂庵のスタッフが私を除いて一斉に辞めてしまった時、瀬戸内はそれをすんなり受け止めた。ベテランのスタッフがいなくなるなんて困るはずなのに。胆のうがんが見つかった時も、すぐに『手術します』と。90歳を超えて全身麻酔をするというリスクがあるのに、『小説に書けるかもしれないからいいの』と言うのです。マイナスと思える変化をエネルギーに変える。すべてはいい小説を書くためなのです」

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