くらし

しりあがり寿さんの、今という時代を楽しく生きるための3つのヒント。

コロナの感染拡大が社会を大きく変えつつあるいま。時代の変化に向き合い幸せに生きるための知恵を、漫画家のしりあがり寿さんに聞きました。
  • 撮影・青木和義 漫画・しりあがり寿 文・大澤千穂

- 今を生き抜くための決まり 1 - わからないことを楽しむ。

正解探しに躍起になって争うより、パズルを楽しむ感覚でこのわからない世の中を楽しむ。

先行きの見えない不安感が世の中を覆ったコロナ禍。買い占めや“自粛警察”など、人間の弱さや他人への不寛容が浮き彫りになる出来事が次々と起こり、不確かな情報に踊らされる。そんな毎日に疲れを感じる人は多い。

「初めての事態にオーバーに反応して、右往左往するのは当然のこと。でも、そんな状況の中でも幸せに生きようとするならば、“わからない”を楽しむ心意気が大事なんだと思います」

未知の出来事にはとかく身構えてしまいがちだが、好奇心をもってとらえれば違うものが見えてくる。

「特にコロナ関連では次々新しい情報が出回って振り回されてしまうこともあったけれど、この世界全体を巨大なジグソーパズルだと思ってたくさんの情報に触れてみれば、そこに楽しみも生まれると思うんですよね。そのためには新聞、テレビ、SNSと、とにかくいろんな人の意見に触れること。そして『この人の話は信用できるな』という人がなんとなく見えてきたら、その意見を仮にキーストーン的なピースとしてパズルの四隅において一歩引いた視点で眺めると、だんだんと全体像が見えてくるのではないかと」

そこで大切なのは、完成を急ぐのではなく過程を楽しむ心持ち。

「世界は大きいから、一人一人の情報なんてかけらに過ぎないけれど、そのかけらを寄せ集めて世の中がだんだん見えてくればそれでいい。このパズルは完成しないかもしれないけれど『これ、ここらへんかも』ってわかるとうれしいし、ピースが埋まっていく感覚自体を味わうのが楽しいと思うんですよね」

- 今を生き抜くための決まり 2 - 自分の好きな瞬間を持つ。

自分だけの小さな幸せの瞬間を日常の中に持つことが、どんな時代も幸福に生きるコツ。

生きててよかったと思う瞬間を幸せっていうんだろうな。

生きる上での喜びも結果ではなく過程にあり。日常の瞬間の中に幸せを見出すことで、より人生は楽しくなる。

「僕にとって幸せって“瞬間”なんですよね。何かを食べて『ああ、おいしかった』とか『この人といて楽しいな』とか、そういう気持ち。つまり幸せって、生きててよかったっていう瞬間のことなんだと思います。それを見落とさずに楽しむには、自分の好きな瞬間にもっと意識的になること。家族と過ごす時間とか、食べるのが好きならおいしいものを食べる時間とか。より幸せになろうとして社会的地位とかお金持ちとかを目指している人もいるけれど、そういう“状況”を目指すのと真の幸せは分けて考えたほうがいい」

相対的な価値に振り回されず、自分の小さな幸せに目を向けていれば、どんな状況の中においても人間は日々楽しく生きることができる。

「自粛期間中は、家族も僕もそれぞれ好きなゲームに夢中になって過ごしてましたが、楽しかったですね。そうそう、その間2度ほど高熱を出して2日くらい物置きみたいな部屋で自主隔離して過ごしていたんですけど、それすらもなんだか楽しくて(笑)。食事は家族がうどんを作って部屋の前に置いてってくれて、それをありがとうって言いながら食べる。“大切にされている感”も味わえたし、あれはすごく幸せな瞬間だったなぁ」

- 今を生き抜くための決まり 3 - 自分の人生を“観光旅行”だと思う。

人生は壮大な観光ツアー! 生きていることの意義を探すより、楽しんでみよう。

この人生は壮大な観光ツアー。楽しまないともったいない。

そんな“幸せの達人”しりあがりさんも、60歳を過ぎてからは人生を振り返って物思うこともしばしば。

「周りの同年代もぼちぼち死にだしてきて(笑)。そこで自分の人生を振り返ってみると、何も成し遂げてないなーと思うんですよね。漫画家なのか、アーティストなのか……何か中途半端な感じで。でも人間ってそういうものなのかなと。何かを目指したところで、道なかばでちょん切られるのかなと」

ならば人生そのものも、完成を目指さずに道のりを楽しむほうがいい。

「そこで僕は自分をこの世に観光旅行に来てる旅人だと思うことにしたのね。そう思ったら“漫画家体験コース”に挑戦したし、“子育てちょっとだけお手伝い体験”もできた。あんな場所にも行ったし、こんなおいしいものも食べられました!……って、にわかに達成感がわいてくるんですよ。それなら、これからあれも見たいし、これも食べたいしって、この先まだまだやりたいこともいっぱい見えてきて」

いつか“ツアー”は終わり、みんなどこかに帰っていく。それがわかっているからこそ、いろいろ見ないともったいない、としりあがりさんは笑う。

「この人生を観光旅行として考えたら僕らけっこうすごい体験してると思うよ。今度のコロナ騒ぎも奥さんと『いや〜、生きてる間にこんなことを体験できるとはなあ』って話しているんですけど(笑)。この時代の地球に生まれたからこそ体験できる奇跡ですよね」

押し寄せる出来事に呑まれてしまうのではなく、自分からその波を迎え、乗る。しりあがりさんのしなやかさと好奇心は、山あり谷ありのこの時代にあって一際頼もしく見える。

「だって誰がわかるっていうの? こんな複雑な世界をさぁ(笑)。どうせわからないまま生きるなら、それを楽しまないと損ですからね」

しりあがり寿(Kotobuki Shiriagari)
しりあがり・ことぶき●漫画家。1958年、静岡県生まれ。多摩美術大学を卒業後キリンビールに入社し、1985年『エレキな春』で漫画家デビュー。ギャグから風刺まで幅広いジャンルで名作多数。近年はアートなど漫画以外の世界でも活躍。

『クロワッサン』1027号より

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

SHARE

※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

人気記事ランキング

  • 最新
  • 週間
  • 月間