くらし

しりあがり寿さんのニューノーマルな時代の歩き方。

コロナの感染拡大が社会を大きく変えつつあるいま。時代の変化に向き合い幸せに生きるための知恵を、漫画家のしりあがり寿さんに聞きました。
  • 撮影・青木和義 漫画・しりあがり寿 文・大澤千穂

コロナをきっかけに生まれる、ニューノーマルな時代の歩き方。

しりあがり寿(しりあがり・ことぶき)●漫画家。1958年、静岡県生まれ。多摩美術大学を卒業後キリンビールに入社し、1985年『エレキな春』で漫画家デビュー。ギャグから風刺まで幅広いジャンルで名作多数。近年はアートなど漫画以外の世界でも活躍。

そうか今、ボクらは試合中なんだ。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令された今年4月、漫画家のしりあがり寿さんが新聞に寄せた一つのコラムが反響を呼んだ。

「経済回復も叫ばれるなかで、一人一人が感染防止のために行動しないといけない。もどかしい自粛期間をどうとらえれば前向きになれるのかなと思った時に、この状況をスポーツの試合に例えたらどうかと思ったんです」

コロナ禍の日本をウイルスという見えない敵を向こうにした「試合中」と考えた時、必要なのはみんなが一丸となってやる気になれるルールを作ることだ、としりあがりさんは言う。

「未知のウイルスだもの、そりゃあ怖い。でも怖いがあまりに個人が個人を取り締まることになったら、誰かの自由や権利を奪うことになってしまう。だからこれを一つの〝試合〟と考えて、公のルールと試合時間を決めれば、一人一人が選手として前向きにこの状況に立ち向かえると思ったんです」

そのときの時代を冷静に見つめる視点で、これまでも多くの名作を生み出してきたしりあがりさん。特に2011年に発表した『あの日からのマンガ』では、東日本大震災、いわゆる「3・11」後の世界を独自のユーモアと鋭さで描き、人々に衝撃を与えた。

「明日がどっちに行くかわからなくなったこの感覚は、3.11と共通点があるけれど、いまはもっと状況がとらえがたい。あの時は、歩いていた道が背後でザクッと分断されたような恐怖感の中に〝それでも未来は日ごとによくなっていく〟という希望があった。でも今回は世界中が大きな蟻地獄に落ちていくような……。さらに第2波、第3波、経済的なダメージも未知数。こうなると以前の生活に完全に戻ることはないのでは、と思えてしまう」

新しい時代に求められるのは、 摩擦を恐れず声をあげる力。

コロナと生きる新しい時代、人や暮らしは、どう変わるのか。しりあがりさんは、これからはますます“個を活かす時代”が到来すると見ている。

「社会は人々の良いところをつなげ、分業化して発展してきましたが、今回の変化でさらにリモートワークに適した人々の能力が活かせるようになったらいいと思います。自分の制作の現場では会ったことがない遠方の人に仕事を発注するのはよくあることだけど、そういう流れが各業界で進むでしょうね」

つながり方が変われば、選ばれる人物像にも変化が起きる。

「集団でいることのリスクが高くなるなかで、人付き合いのうまさよりも結果が物を言う時代がくる。ほら、仕事の能力はイマイチでも酒の席でかわいがられて居場所を与えられていた人っていたじゃない? 僕は好きだけど、そういう人の立場は弱くなりそうですよね(笑)。これからは家に引きこもってでも良い結果を出せる人が評価される時代になるんじゃないかな」

集団に追従すれば生きていける時代は終わり、“個”の力が試される時代がくる。そこで自分を出しつつも孤立しないために必要なのは、周りとの摩擦を恐れず声をあげていく力だ。

「一人一人が自分に素直になって声をあげる。そのためにはケンカのしかたを覚えるっていうのも大事です。日本は子どもの時から争わせない、人間一人一人違うから、摩擦や争いは必ずある。良いポジションを巡って競争することもなくならない。ならば、そういう社会に早く慣れて、争いの解決法を子どものうちから学ぶ教育も必要になってきそうですね」

連載漫画「NEW NORMALDAYS」もスタートさせたしりあがりさん。コロナ時代の真っただ中を生きるにあたって得た感情や未来への思いは、この作品の中にも詰まっている。

「『あの日からのマンガ』の編集者さんがいまこそ描くべきなんじゃないかって僕を思い出してくれて。3.11の時もそうだったけど、この状況に対して僕が結論を出す必要はない。僕がするべきは結論づけることよりも、いまこの時感じたことを素直に描くことだと思っているんです」

『クロワッサン』1027号より

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