くらし

生活の中にあるということ。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

日本の家屋は絵を壁に掛けて楽しむ造りになっていない。だから、平均的な稼ぎ以下の多くの日本在住の人が、絵を買うということはほとんどない。
絵を飾るために家を改装したり、絵のためだけに新築したり、絵を買うことはお金持ちだけに許された特権、という印象がある。日本に住んで絵を描いている私にとって、とても悲しいことだ。でも、私の母は若い頃から絵を買っていた。両親の稼ぎは平均に満たず、賃貸住宅で3人の子供を育てながら。全く美術に関心のなかった父が、それを許していたこともすごいことだ。

随分前、海外でのグループ展に参加した時、ある美術関係者が他の作家の出自を私に説明してくれながら、「貧乏人が美術家やっているなんて、日本だけだよ」と言ったことがある。
それが当時、真実だったかどうかは定かではないけれど、実際、同世代の美術家でそれなりの活動を続けている人も、親のサポートを受けられる環境にある人は多い。美術家は昔からお金持ちに支えられてきたことは事実だけれど、もっといろんな人が生活の中で美術を楽しむことをできるようにすることが、日本の文化度を押し上げる対策に必ずなると思う。

私が貧乏生活をしながらも、美術家として続けて来られたのは、幼い頃、母がありったけのお金をかき集めてでも絵を購入し、生活を豊かにしていた姿を見ていたことが大きい。
自分の生活に見合わないほど高額なお金を使ってでも手に入れた絵が、生活の中で日々生み出す価値を体感しているから、自分にとっての価値を見定めることができるようになった。そして、私も母と同じように、余裕が十分にない状況でも絵を買いたいと思っている。
人生に何度、絵を買うという大きなイベントを経験できるかわからないけれど、買いたいという思いを持って絵を見ると、美術鑑賞がまた違った刺激を与えてくれる。「お金がなくても絵を買いたい」という気持ちを持つこと、そのことだけで、美術作品が自身の生活に寄り添ってくれて、とても豊かになれる。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は、https://www.facebook.com/imostudio.imo/ にて。

『クロワッサン』1027号より

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