東直子さんの新作短歌で、“これまで”と“これから”を考える。
撮影・三東サイ
「家族あるいは家という単位について考えることが多かったです。友だちと家族の境界線や、これまでの社会のあり方などに思いを巡らせました」
今回3月末から6月初旬にかけて作った短歌12首を紹介してくれた歌人の東直子さんはこの間の日常を振り返る。
「去年も今年も同じ時季に花は咲くけれど、今年は社会が立ち止まるなかで、特別な時間になったと意識しました。家時間はいま思えばあっという間でしたが、長引く先の見えない日々の生活にはフックがなくなっていた気がします。入浴剤のことやレモンについて詠んだものは自粛のなかで歌を通して記憶に刻む行為だったのかもしれません」
東さんの短歌には日付と自作に寄せる思いも併記した。
「私の意図と違ったことを感じても、作者からすると面白いので、自由に楽しんでもらえればうれしいです」
まず短歌を読んで、情景などを浮かべた後に、東さんのコメントで当時の状況をふまえつつ味わってほしい。
3月27日|咲きかけの桜がみえる窓がある 川はみえないけれど坂道
第一歌集『春原さんのリコーダー』が原作の映画のクランク・インのときに見た風景です。多摩川沿いに咲く桜の花が窓から見えるカフェの二階での撮影で、坂道の向こうが川でした。月に一度、朝の都心で行っていた歌会をLINEの音声ツールを使った会に出しました。
4月14日|新しいかつらになって船に乗り自転車に 乗り砂ふりはらい
平日夜に青山で開いている短歌教室も当面休みになり、有志によるオンライン歌会が開かれました。この歌は、「新」という題詠(必ずその語を組み入れる)で詠みました。国内外で外出が制限される中、ヘアドネーションで髪が新しい持ち主を得て自在に旅をする様子を想像しました。
4月29日|磨いたら素直に光るものたちをつぎつぎ 磨く夢にも磨く
テーマ「#stayhome」の一首です。蛇口を布でふきあげると、たちまちきらきらと新品のように光を帯びるのが楽しくてうれしく、いろいろ磨いてみました。こちらが心を込めると、それにきちんと応えてくれる存在のありがたさ。家への感謝と共に、希望も見出せた気がしました。
5月1日|旧石器時代の悩みわからないけれど 夜明けをみたことはある
地球規模に拡大した感染症に、人類の歴史へ思いを馳せました。先達が様々な困難を乗り越えてきたからこそ、今私たちは生きていられるのです。旧石器時代の最初の方はまだ氷河期で、移動しつつ狩猟生活をしていたそうです。当時の人々の苦労は計り知れませんが、夜明けの美しさはきっと不変なのだと思います。
5月5日|大家族時代に使われてきたつけもの石に 素足をのせる
さらに身近な時代について考えました。家にいることを強いられて一ヶ月。家によっては地獄だろうなと思いながら、大家族だった頃に使っていた重いつけもの石を思い出しました。つけもの石はただの石に戻り、人間は個として生きることを許されるようになった気がします。
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