『うんことくらしー便所から肥やしまでー』│ 金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
多様なるニッポンのトイレ&お尻拭き。
幼稚園の頃ピアノを習っていた。一番の思い出は、ピアノの先生のお宅で生まれて初めて和式便所に出くわしたこと。使い方がわからず、わたしは一片のうんこを便器脇の床にこぼしてしまった。げげ、どうしよう。レッスンのあいだ中、粗相したことを先生に言わなきゃ、とそれしか頭になかった。帰り際、ものすごく小さな声で「トイレを汚しちゃった」と懺悔することができた。先生は「大丈夫よ」と微笑んでくれて、心底ホッとしたのを覚えている。
さて「うんことくらし」展を見て、わたしはしみじみとトイレの多様性に思いを馳せた。この国では、時代はもちろん、地域ごと身分ごと家ごとにトイレの形は実にさまざま。大きな穴に板が渡してあったり、つかまるための縄がぶら下がっていたり、お客さん用に畳敷きの便所が用意されていたり。きっとわたしのように、使い勝手のわからないトイレに遭遇して、まごまごした人がたくさんいたはずである。
「お尻を何で拭くか」問題もたいへん興味深い。展示されていたのは、揉みほぐした新聞紙、障子紙、イタドリの茎、竹べら、わら、フキの葉っぱ……。あぁ、お尻の友の幅の広さよ。折しもコロナウイルス蔓延に伴うトイレットペーパー不足がニュースになっていた。だが『葉っぱのぐそをはじめよう』の著者で1万回を超すのぐそ経験を持つ伊沢正名さんによれば「高級ティッシュペーパー以上の肌触り」の葉っぱもあるというではないか。人間はもっと自由にお尻を拭いていいのかも。
『うんことくらしー便所から肥やしまでー』
川崎市立日本民家園(神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-1)にて8月30日まで(※期間延長しました)。便所で使われてきたさまざまな道具や、し尿処理の変遷を展示。TEL. 044-922-2181 9時30分〜17時 月曜(祝日の場合は開園)、祝日の翌日休館
金井真紀(かない・まき)●文筆家、イラストレーター。最新刊『虫ぎらいはなおるかな?』(理論社)が発売中。
『クロワッサン』1019号より