かつて「離島にファックスを送ったら、今日中に届くかな?」と真顔で言った人がいた。わたしは「ワハハ」と笑い、でも最後の「ハ」を言いながら自身も真顔になった。考えてみれば自分だって、ファックスがどういう仕組みで動いているのか説明できない。書いた文字を? 信号に変える? え、どういうこと?
国立科学博物館には、電話、自動車、時計、カメラなどあらゆる発明品が並べられていた。明治以来150年の技術者の執念が展示されていると言ってもいい。ひとつひとつに熱があって、見飽きない。あぁ、だけど。展示会場を進むほどに、わたしはうなだれていった。なぜ時計は正確に動くのか。天気予報で使うレーダーって何だろう。DVDの円盤にはどんな仕掛けがしてあるのか。わたしは何も知らないのである。ただぬくぬくと無知の人生を生きている……。
うなだれたまま帰宅し、ナイロンのタイツを脱いで、品種改良された米を研ぐ。無知の人生にも関わらず、わたしの日常は技術に満ちている。ひとつの完成品の裏には、途中で捨てたアイディアが無数にあり、気が遠くなるような失敗の積み重ねがあったのだろう。寝食を忘れて没頭した技術者がいたのだろう。ありがたや、ありがたや。
この世は役割分担だ。たぶんわたしは機械工学も有機化学も学ばぬうちに人生を終えるだろう。できる人にやってもらって、ぬくぬくと生きるしかない。と開き直って、誰かが開発してくれた電子レンジで牛乳を温めてミルクティーを淹れる。