くらし

『いいことだけ考える 市原悦子のことば』著者、沢部ひとみさんインタビュー。「つらいことがあった後での“いいことだけ”」

  • 撮影・黒川ひろみ(本)山本ヤスノリ(著者)
2019年1月に永眠した女優・市原悦子が折に触れて発した魅力的な言葉の数々を軸に、女優の人生を振り返るライフヒストリー。 文藝春秋 1,200円
沢部ひとみ(さわべ・ひとみ)さん●1952年、静岡県生まれ。ノンフィクションライター。著書に『百合子、ダスヴィダーニヤ 湯浅芳子の青春』『評論なんかこわくない』、構成に『白髪のうた』。市原悦子さんとは仕事の枠を超えて20年間交流した。

「市原悦子さんてね、一緒にいて気持ちのいい人だったの。私は彼女の声が大好きだったから。晩年、お宅を訪ねるとベッドの上で“いらっしゃい”と言ってもらうだけで、ホンワカしちゃって(笑)。『まんが日本昔ばなし』をはじめ、よく聞いたあの声を生で聴けるのが何より幸せでした」

ドラマ『家政婦は見た!』シリーズなどで人気を博した女優の市原悦子さんが、2年以上も患った自己免疫性脊髄炎。闘病のために結成された「チーム市原」のメンバーにも選ばれたのが、ライターの沢部ひとみさんだ。今から20年前、雑誌の取材で半年間の密着をしたのがご縁の始まりだった。

「市原さんが亡くなって、すぐに『週刊文春』から連載を頼まれたんです。言葉を軸にすれば、その時どきの彼女の状況や気持ちに迫れると思ったの。以前のインタビューや、三冊の本を一緒に作った経験から、市原さんは言葉の達人であり表現のセンスが天才的であることを知っていましたから」

自分からは、苦労を口にしない人でした。

結果、人気を博した連載の書籍化にあたり、『いいことだけ考える』のタイトルに。一見、お気楽なこのタイトルには、真意がある。

「夫の死や病気など、いろいろつらいことがあった後の市原さんだからこそ言えた“いいことだけ”というニュアンスです。市原さんは、人生というものに対して辛抱強かった。自分からは苦労を口にしない人。でも元気だった最後の年、2016年を振り返ると無理していたんじゃないかな、と思うんです」

夫の舞台演出家・塩見哲さんに先立たれて仕事を断っていたある日、「望まれるなら精いっぱいやって」という彼の声が蘇り、映画『しゃぼん玉』のロケ、映画『君の名は。』のアフレコ、「戦争童話シリーズ」の朗読を。最後まで仕事に生きた人だと沢部さんは言う。

「女優として素晴らしい仕事をしたのはもちろんですが、それ以前に人のため、特に差別を受けた女性へのパワーが素晴らしかったと思うんです。少なくとも私は力をもらいました。この本に入った言葉も、結果として女性を励ます言葉が集まったと思っています」

ただ実際に、女性を励ますことを意識して喋っていたかはわからない、と沢部さんは笑う。

「あの『まんが日本昔ばなし』は子どもたちはもちろん、高度経済成長期に働く大人たちがテレビを観ながら居眠りできるゆったりした番組にしたかったのよ、なんて言っていた人ですから。もっと広い、もっと大きな世界に向かって語りかけていたのかもしれません」

少なくとも、仕事に対する情熱が大きな共感を生んだことは事実。市原さんの生き方とも、通底する。

「慌しく時間が過ぎて、最近は亡くなった人がすぐに忘れられてしまう。それがあまりにも寂しい。この本には、市原さんのエッセンスをギュッと詰めました。ぜひ彼女を思い出すよすがにしていただきたいと思います」

『クロワッサン』1017号より

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