結果、人気を博した連載の書籍化にあたり、『いいことだけ考える』のタイトルに。一見、お気楽なこのタイトルには、真意がある。
「夫の死や病気など、いろいろつらいことがあった後の市原さんだからこそ言えた“いいことだけ”というニュアンスです。市原さんは、人生というものに対して辛抱強かった。自分からは苦労を口にしない人。でも元気だった最後の年、2016年を振り返ると無理していたんじゃないかな、と思うんです」
夫の舞台演出家・塩見哲さんに先立たれて仕事を断っていたある日、「望まれるなら精いっぱいやって」という彼の声が蘇り、映画『しゃぼん玉』のロケ、映画『君の名は。』のアフレコ、「戦争童話シリーズ」の朗読を。最後まで仕事に生きた人だと沢部さんは言う。
「女優として素晴らしい仕事をしたのはもちろんですが、それ以前に人のため、特に差別を受けた女性へのパワーが素晴らしかったと思うんです。少なくとも私は力をもらいました。この本に入った言葉も、結果として女性を励ます言葉が集まったと思っています」
ただ実際に、女性を励ますことを意識して喋っていたかはわからない、と沢部さんは笑う。
「あの『まんが日本昔ばなし』は子どもたちはもちろん、高度経済成長期に働く大人たちがテレビを観ながら居眠りできるゆったりした番組にしたかったのよ、なんて言っていた人ですから。もっと広い、もっと大きな世界に向かって語りかけていたのかもしれません」
少なくとも、仕事に対する情熱が大きな共感を生んだことは事実。市原さんの生き方とも、通底する。
「慌しく時間が過ぎて、最近は亡くなった人がすぐに忘れられてしまう。それがあまりにも寂しい。この本には、市原さんのエッセンスをギュッと詰めました。ぜひ彼女を思い出すよすがにしていただきたいと思います」