くらし

【紫原明子のお悩み相談】根に持つ性格で、湧き出る嫌な記憶を整理できません。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。今回は過去の辛い記憶に捉われがちな女性からの相談です。

<お悩み>
紫原さん、こんにちは。 いつもとっても素敵な文書、うるうるしたり、わくわくしたりしながら拝見しています。
他愛もない悩み事を書きます。 私はすごく根に持つ性格らしく、年齢を重ねれば重ねるほどに人と関係を築くのが下手くそになっている気がします。
例えば、仕事先の人のちょっとした配慮のない言動や、注意されたことを引きずるなど、些細なことで、相手に対して苦手意識を持ち、それはポイントのようにたまっていってしまいます。自分が相手を傷つけたという場合も、いつまでも気にしてしまい、ご機嫌をとろうと顔色を伺ってばかりいます。
また母が15年前に精神的に不安定な状態に陥り、突然泣き出す、支離滅裂な行動をとる、といったことがあったのですが、そのこともいつまでも根に持ってしまうのです。母は完全無欠な存在ではなく、ひとりの人間で、世の中には乗り越えられない困難もたくさんある、ということを、少し大人になった今は分かってはいるつもりですが、いざ母の前に立つと、15年前の思春期の反抗的な自分が蘇ってしまうのです。
そろそろ結婚を考えているのですが、母や家族に相手を紹介する、といったことがすごく憂鬱でなかなか話を進められずにいます。 ただ流しているテレビを眺めている時、シャワーを浴びている時、そういった記憶がぶわっと出てきて、勝手に周囲の人に対してぎくしゃくした気持ちを抱いてしまいます。
そんな時、根に持った記憶に対してどのように整理をつければよいのか、何かヒントはありますでしょうか。 乱文失礼いたしました。お目にかけていただければ幸いです。 (相談者:ハイから/女性/一人暮らしアラサー会社員です。)

紫原明子さんの回答

ハイからさんこんにちは。
シャワー浴びているときに過去のどうしようもない後悔や憤りが湧いて出ること、ありますよねえ。でも安心してください。それはハイからさんが異常なのではなく、多くの人にあることなのです。なぜ知っているかというと、何を隠そう他ならぬ私もそうだからです。そして私はそういうとき、「う〜〜」「す、すみません〜!」「絶対にゆるさない」と独り言まで呟いてしまいます。なんというかもう、そうせずにはいられないんですよね。そして驚くべきことに去年この話をツイートしたところ、思いがけず1万近くいいねがつき、私も!私も!という声が私のもとに続々と寄せられました。とてもたくさんの人が、シャワー中に苦しんでいる模様です。

また改めて考えてみますと、恐ろしいことにこの傾向は年々強まっているようにも感じられます。勝手な分析ではありますが、この最たる原因はスマホにあるのではないかとふんでいます。スマホで見るSNSや動画は簡単に移動や待ち合わせの隙間の時間を潰してくれますが、そのせいで我々の隙間時間耐性(※やはりこれも私が勝手に作った言葉です)が、大幅に弱まっているのではないかと思うんです。

面白い動画とか他人の近況とか、スマホからもたされる情報は私達の思考を簡単に支配してくれるので、それを見ている間は過去のモヤモヤも、やり残した目先の仕事のことなんかもすっかり忘れることができます。が、たとえばシャワー中の、意識はあれどスマホを手にしていない状態のときというのは、思考が何者にも支配されず、一気にクリアに、解放されてしまうので、普段は気をそらしている自分自身についつい目が向いてしまいます。本来、思い出したくないことを思い出さないようにする力、あるいは思い出したとしてもまあそんなことかと取り合わないようにする力というのは、スマホがなければ日常的に無意識のうちに鍛えられているものなのでしょうが、あいにくスマホによってその力は備わらず、隙間時間が訪れた瞬間、過去に起きた色んなことが制御不能状態でもうどんっどん湧き出してきちゃうんじゃないでしょうか。

もしかしたら、そうやって思考が支配されない時間を努めて持とうということでマインドフルネスとか瞑想とかが流行ったんじゃないかと思うんですが、とはいえ実際それが何にどれくらい効果があるのかはよくわかりません。
ただいずれにせよ、みんな大なり小なり色んなことを根に持つし、突如思い出してうわっとなる。でも普段は何事もないような顔をして、悟らせないようにしているだけなんだと思います。

だから、ハイからさんだけがこの点で人より特別に劣っているというふうには、決して考えなくて良いと思いますよ。苦しいことは変えられなくても、「まあそうなるよ、人間だもの」と、飽きもせず苦しむ自分そのものを、心の中の相田みつをに許してもらいましょう。

そうやって、自分の中に相田みつを、もしくは自分を優しく見つめてくれるもうひとりの自分を作ることができたら、ハイからさんの葛藤も随分と少なくなるのではないかと思うのですが、同時にもう一つ、やってみるといいのかも、と思うことがあります。

それは、自分の葛藤を可能な限り吐き出してみる、ということです。
特にお母さんやご家族に対しての反抗的な振る舞いというのは、ご自身でその原因にも当てがあるんですねえ。であればこそ、解決も決してそう難しいことではないようにも思えます。一人で抱え続けるのでなく、いっそのことご家族に全部打ち明けてみてはいかがでしょうか。私はあのとき、本当はこんな気持ちでいたんだよ、ショックだったんだよ、びっくりしたんだよ、と。怒りをぶつけたり、責めたりするのではなく、自分の当時の気持ちをゆっくりと、落ち着いて言葉にして、それを受け止めてもらうのです。

反抗的な気持ちや態度というのはきっと、ハイからさんがもうそれ以上傷つかないために必要な武装だったのですよね。もしかしたら今は、気を抜けば当時の傷ついたハイからさんが自分の内側から溢れ出てしまいそうになるから、だから今尚、反抗的な態度を緩めることができないのかもしれません。もしそうであればこそ、やっぱり覚悟を決めて、こっちから全部出しちゃえばいいと思うんです。

もちろん、お母さんの体調やご家族の現在の様子によっては、ご家族に受け止めてもらう余裕がない場合もあるでしょう。そういうときには、恋人や友人など、心から信頼できる別の誰かに、代わりに聞いてもらってもいいかもしれません。体の中で今も尚行き場を失い、渦巻いている感情を、まずは整理して、体の外に出してあげる。そしてそれが、たしかに他者に受け止められた、と心から感じられたら、その思いはきっと、成仏すると思うんです。

“母は完全無欠な存在ではなく、ひとりの人間”
“世の中には乗り越えられない困難もたくさんある”
何しろこれだけのことを受け止められる今のハイからさんならきっと、相当にかっこいいヒーローになれると思います。
10代の頃の、行き場のない思いを抱え苦しんでいたハイからさんを、ぜひ、時間をさかのぼって、救いにいってあげてください。

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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