それならばと軒先に餌を用意するようにしたところ、
「全部で12〜13匹が入れ替わり立ち替わりやってくるようになって」、家には絶対に入ってこないが、毎朝決まった時間に現れて、たまに寝過ごしたときにはカーテンの向こうで待っていて『遅いよ』と怒る。
「こうなると猫を〈飼って〉はいないけど、一緒に暮らしている感じ」
軽井沢に移住した理由であった犬がいない今、この土地に住み続ける理由はない。外でゆっくり呑んでいてもいいはずなのに、
「猫が来るから、ちゃんと家に帰って餌とお水を出してやらなくちゃ、って。おかげで、ペットロスから救われたと思います」
デビュー以来、一貫して女性の生き方を書いてきた唯川さん。
直木賞を受賞した『肩ごしの恋人』の作中に、主人公の親友を「猫科の女である」と描写するくだりがある。自己愛が強く、自らを省みることのない、でも誰もが抗えない魅力の持ち主を猫に喩えた。
「ネコ的な女に憧れていた、そういう気持ちがあったのでしょう」。私はどちらかというと犬、と笑う。
「犬と暮らした10年間は、同志みたいなものが欲しかったのだと思う。でも犬がいなくなり猫が現れて、ああ人生の最後のほうに関わるのは猫なんだと思ったんです」
外猫は病気のリスクも高く、4年ほどで命を終える。死と常に隣り合わせでありながら、気が向けば野鳥を狩りに行く。人間の家に行けばいつも餌があるのに、だ。そのコントロールできない、人間との対等さがいいと唯川さん。本作は7つの短編で構成されており、いずれも死の影が色濃く感じられる。自身も歳を重ねた現在、死との距離の近さも含め、そんな猫のありようが心地よい、と語る。
「犬にはお行儀よくしなさいとか、私に服従しなさいと思っていた自分が、猫へは何も求めない。そのまんまでいいな、と思えるのです。世の中には猫と犬がいるから面白い。神さまはちょうど対極の面白い生き物を、人間のそばに置いてくれたな、と思いますね」