『むかしの音でめぐる”にっぽん”』│金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
CDを再生すると蘇るあの日あの場所の空気。
作家の高橋源一郎さんがラジオで「ライブ版のレコードやCDが好き」と話していた。聴衆の咳の音なんかが入っていると、あぁこの時この場にいた人はその後どう生きただろうと想像して楽しむらしい。その話にわたしは深く頷いた。CDに残されているのは演奏や歌や落語なのだけれど、同時にその時その場所の「空気」までが冷凍保存されていることにしみじみするのだ。
NHK放送博物館には、そのような「冷凍保存もの」のCDがずらりと並んでいた。たとえば門司港で1957年に収録されたバナナの叩き売りの口上や、青森駅で1977年に収録された青函連絡船への乗り換えアナウンス。紐を引っ張るとCDが再生され、つまり当時の空気が解凍されて流れてくる。当時は当たり前の日常の音だけど、今聞くとありがたみがあるなぁ。特別な日の音としては、1975年に広島カープが初のリーグ優勝をした時の実況アナウンスがあった。戦後30年目の悲願達成、この放送を聞いて狂喜しただろう広島の人たちを想像するだけで泣けてくる(わたし阪神ファンだけど)。
中でもダントツにおもしろかったのは方言のシリーズ。NHKが各地の方言を録音、保存し始めたのは1952年からだそうで、会話をしている人たちの多くは19世紀の生まれなのだ。すごい! 冷凍保存された大阪・船場の方言は谷崎潤一郎の『細雪』の世界そのまんま。愛知県で収録された半世紀前の「ヤーットカメジャナモ(久しぶりですね)」の響きをうっとりと噛みしめた。
『むかしの音でめぐる”にっぽん”』
NHK放送博物館(東京都港区愛宕2-1-1) 3階・企画展示室にて11月17日まで開催。NHKが1952年から収集、保存してきた各地の方言や郷土芸能の音を『新日本紀行』等の番組の写真を添えて展示。TEL.03-5400-6900 9時30分〜16時30分 月曜休館 無料
金井真紀(かない・まき)●文筆家、イラストレーター。最新刊『虫ぎらいはなおるかな?』(理論社)が発売中。
『クロワッサン』1008号より