くらし

角野栄子さんに聞きました。素敵な大人のマナーって?

  • 撮影・馬場わかな スタイリング・くぼしまりお 文・三浦天紗子

「型どおりのマナーを頑なに守るより、人それぞれのテンポを尊重する」

「おばけのアッチ」の指人形! 角野さんのイメージカラー、いちご色の本棚の前でパチリ。

なにせ、角野さん自身が「書く」という好きなことを見つけた人。ブラジル時代の思い出をもとに綴ったノンフィクション『ルイジンニョ少年、ブラジルをたずねて』でデビューしたのは子育て真っ最中の35歳のとき。作家として軌道に乗ったのは『ビルにきえたきつね』を発表した42歳以後だという遅咲きだ。だがその間も、発表の当てもないのに、こつこつ毎日お話を書いていたという。

「私くらいの年になると『何も楽しみがない』 『することがなくて憂鬱』とおっしゃる方が多いんですよね。若いときに仕事をバリバリされてリタイヤされた方ほどその気持ちが強いみたい。私は『絵でも字でも、いたずら書きでもしたら?』と勧めるの。すると決まって『そんなの書けません』と返されるけれど、人に見せないと思えば誰でも何でも書ける。それを面白がってやっているうちに、何かがきっと生まれてくると思うわ」

9月にも、エッセイ集『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』(KADOKAWA、挿画・松本大洋)ほか新刊を上梓。このあふれるエネルギーはどこから来るのだろう。

「子どものときは戦争で、食べるものもない、本もない。面白いことないかなって想像で紛らわせていました。戦後は全く新しい時代になったでしょう。欧米の文化も一気になだれ込んできて。何もなかったわけだからもちろん夢中になっちゃうわよね。と同時に、こうしちゃいられない、ちゃんとしなくちゃと思いました。勉強は、そんなにちゃんとはしなかったけれど(笑)」

飾り棚には、世界中を旅するうちに集め、友人からもらったりした小さな人形コレクション。

戦後は、価値観もテクノロジーも様変わり。時代とともに、日本の習慣も変わってきた。角野さんの住む古都・鎌倉も例外ではないようで。

「私は下町生まれなので、昔はご近所の方を庭先や道端で見かけたら、お辞儀や会釈は当たり前。鎌倉も、私が越してきたころは知らない人でも道ですれ違うと挨拶したものです。それがなくなったのはいつごろからかしら……。ご近所づきあいも大切だけど、心がこもったさりげなさがいい。この気持ちは誰に対しても必要ですよね。相手は自分ではないのだから、人それぞれのテンポがあるもの。過度の気遣いはね、自分も大変だし、相手にもかえって気疲れさせてしまうものです。難しいけれども、無理のない自然体がいいと思います」

一方で、見習いたい、変わってきた現代のマナーもあるという。

「この間、エレベーターに乗ろうとしたときに、ふたり連れの女の子がすれ違いざまに『おばちゃん、そのめがね、すごいカワイイ!』って笑顔で言って降りていったの。そういうポジティブな言葉が瞬間的に出る彼女たちは、いいですね。若い人の自然な言葉が素晴らしい。日本人は照れてあまり口にしないけれど、同性でも異性でも、気がついたら家族や友人を褒めるのはいいことよね。新しく定着させたいマナーでもありますね。それに、エレベーターで人と乗り合わせたときも、無言だと怖い。『おはようございます』とか『失礼します』と言うとか、会釈だけでも何か反応してもらえると空気がほわっと平和になりますよね」

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