本作が公開された1955年(昭和30年)というと、力道山ブームや三種の神器に代表される、順調な戦後復興の真っ只中にあるはずの時期。なのにこの映画の中には、豊かになっていく暮らしも、国が栄えていく喜びも見当たらず、あるのは強烈な気だるさと、生きるよすがのような情欲、そして時計の針が止まった空気の淀みのみ…。デコちゃん(高峰秀子)は終始やさぐれてニコリともせず、森雅之に至ってはほとんど廃人のよう。しかし昔は、そうではなかったのです。
仏印という極楽浄土の中で夢うつつの恋愛を経験した2人は、敗戦国となった日本に居場所を見つけられないまま、どんどん時代に置いてけぼりにされます。仏印時代の思い出話をしては「昔はよかった」と懐かしむのにも飽き、恋は完全に賞味期限切れなのに、ダメ男なのは重々承知しているのに、どうしても富岡を諦められない。これは苦しい…。不幸体質な女のサガのようなものを、デコちゃんは独特の湿り気で演じきります。
終始鳴り止まない音楽による効果か、緻密なエピソードの積み重ねか、いつの間にか観客の心はとんでもない所へ連れて行かれ、ラストは滝のような涙を流すことになる。恋愛映画の極北としか言い様のない傑作です!