お年寄りを前にしての 落語で学んだこと。│柳家三三「きょうも落語日和」
イラストレーション・勝田 文
私が落語家になった四半世紀ほど前にくらべると、今は寄席に来てくださるお客さまがずいぶんと増えました。そのうえお若いかたも大勢おいでなのが心強いことです。
とはいえ他のエンタテインメントよりお客さまの年齢層はまだまだ高めなのも事実です。
そんな“お年寄りの娯楽”というイメージゆえか、老人ホームでの公演もときおり依頼をいただきます。
ところがいざ実際に演じてみると反応の薄いことも多く、以前は正直な話、そういう場所での落語を苦痛に思ったこともありました。
そんな考えをガラリと変えてくれたのが、あるホームの所長さんの言葉でした。
「三三くん、たとえ笑っていなくても、お年寄りは君の噺を聞いて一生懸命想像したり楽しんだりしてるんだ。ふだんは夜中に三回はお手洗いに起きてしまう人が、落語を聞いた晩は朝まで起きずに寝られることもある。きっと身体の中のいろいろなことに好影響があるんだよ」
本当に雷に打たれたような思いをするとともに、今までの自分を恥じました。
それからは笑い声がほんのわずかでも、起きなくても、楽しく落語日和をお届けすることができるようになりました。
ただし、通常より大きな声でゆっくり演じることが必要です。ある施設で30分の落語をしゃべり、あと二、三言でオチというところで、最前列のご婦人が「すまないけれど、もっと大きな声で……最初からやってくれるかい」って。これには驚きましたねぇ。
柳家三三(やなぎや・さんざ)●落語家。公演情報等は下記にて。
http://www.yanagiya-sanza.com
『クロワッサン』1004号より